記事一覧

No.3242 落ち着きのない地球

2020.02.07

 氷点下の今朝はまさに真冬でした。いつもより厚く着込んで登校パトロールに向かいましたが、手袋を透る冷たさにじっとしてられず、足ふみやジャンプで少しの暖を求める始末。昨日までいた半ズボン姿の子どもは皆無。今朝は親が許さなかったのかもしれません。ワンちゃんの散歩で通る方が、いつもよりワンちゃん自体が早歩きになって早く帰宅を促すんだとか。そう言われて路面を見ると、いつもより凍った感じのする鉄色をしています。裸足のワンちゃんにもこたえるのだろうか。
 家に戻って庭を見たら霜が降りていました。そして、メダカ鉢には厚さ3ミリほどの氷が張ってました。寒いはずです。

 世界は今、イギリスEU脱退、アメリカ大統領選とトランプ弾劾裁判、WHO事務局長リコール運動、豪で延伸する森林火災、ギリシャエーゲ海に移民流入防止柵の設置、中近東の長期紛争などあちこちに問題を抱え、そこに新型コロナウィルスに対する国別対策が入り混じっててんやわんやの様相。もとより、人か自然かの責任論は別にして、環境リスクが増大する地球の破滅を予測する文字が目に入ってくる状況です。地球を俯瞰する立場の宇宙からは、おそらく海洋面を除いて現在の地球は赤く視えるのではないだろうかと思えて来ます。思い過ぎでしょうかね?。
 最も、その宇宙でも冬の大三角形の一つでオリオン座の恒1等星ペテルギウスの光が衰えているといいます。質量的に太陽の20倍と言われるペテルギウスですが、実際、昨年10月からの2か月間で明るさが半分になったとの米大学による観測結果があり、爆発の可能性も指摘されているのです。
 星座中、最も親しまれているオリオン座、この季節は簡単に見つけられる★なので、今晩あたり瞳にプラス、出来ればレンズを乗せて夜空を見やるのもいいかもしれませんよ。寒い? そうでした、凍える寒さの中で風でも引いては何にもなりませんね。
 それにしても、陽性反応者がますます増えるダイヤモンドプリンセス号。やむを得ないこととは言え、霜が降りるほどの寒さなのに、船から降りることの出来ない皆さんの洋上生活はさぞや辛いものがあるのは察するにあまりあります。2週間はかなり長く感じるでしょうが、精神的に頑張っていただきたいと念じる次第です。
 実は、我が幸手市においても3月議会に向けて落ち着きの無い状況があります。ついでに言えば、地元地域にあっても住民感情ないし住民行動の面で深く考えさせられる現実もあって、世の中とはこうもややこしいものかと感じているところです。渡る世間に鬼は無しであれば言う事はないのですが・・・。/span>

No.3241 王女訪日に想う

2020.02.05

 漢民族と中国マネーがいろいろな形で世界に浸透していることが理解できる今回のコロナリスク。アフリカや南米以外の各地に感染者が増える傾向にある。中でも、死者は出ていないものの感染者の数では日本が22人と最も多く、この状況は、今東京湾に停泊中のダイヤモンドプリンセスによる影響をさらに受けそうな勢いだ。
 国内の関心は今やその多くが、この華麗に光り輝く王女様に向いているといっても過言ではない。感染者はまだまだ増える予感がする。豪華大型客船の観光要素の一つである「くつろぎコンセプト」には、大海原を優雅に舞い走る限られた空間で乗船者が互いにコミュニケーションを高め、家族的環境が増幅することにある。そのために、プール、サウナ、ビュッフェバイキング、エンタテイメントステージといった大人数が行き交うアミューズメントが満載されている。一人の感染者でもいれば、新型コロナウィルスが蔓延することは目に見える話なのだ。

 
 書き始めたところで10名の感染者が出たというニュースが。おそらくプリンセス船内はパニックになりかねない。横浜に向かう途中で部屋からの外出禁止もされていないことから更に感染者は増えるものと推測できる。いや、推測してかからなければならない。検査結果次第で今日にも横浜港にという話だったが、それはもはや難しい。少なくとも潜伏期間とされる2週間は感染防止対策等でそのままの状態を維持するしかない。万が一でも降船を認めれば、横浜自体が経済パニックになるのは容易に想像できる。人気のない観光地横浜が魅力どころか恐怖感に覆われてしまうことになるだろう。
 優雅な王女様も、こうなるとその大きさが重い代償となってしまったということだろうか。乗船者並びにご家族の心配はさることながら、見守るしかない私たちの想いも複雑な心中なのは間違いない。

No.3240 拡大の一途に国会は?

2020.02.01

 ブログ更新のたびに各種ご意見をいただきます。
 前号では「昔、聴いたか見た記憶のある名言です。悪いことばかりを忘れるならいいんですが、良いことまで忘れるのはとてももったいないと感じました。人間はハリを持って生きよということですね」
 こうした感想は、私にとっても励みになります。「70を過ぎると身体のあちこちにほころびが出るようになるから気を付けた方がいいよ」というアドバイスを有難く拝聴する最近ですが、その雰囲気に侵されてはいけないということをウルマンの詩から感じ取らないといけませんね。
 

 さて、24日と27日書き込みのブログにも賛同のご意見をいただきましたが、中国発疹の新型コロナウィルスは、そこで予測した通り拡大の一途をたどっています。賛同のご意見はこの状況に対する国会の現状です。予算委員会で登壇する立民や国民の議員たちは、倒閣一途もしくは保身も思慮しているかのような質疑に撤していますが、これでいいのか!!という厳しいご意見です。
 政府は、これにより多くの時間が割かれる事態ですから、本来であれば首相や関係閣僚は感染水際対策への時間を優先するべきです。もとより、国内にも災害対策や経済対策などの重要問題があって、IRはともかく、桜やヤジ問題にうつつを抜かしている場合ではないはずです。これは、安倍総理または安倍政権が好きか嫌いかの次元ですべき話ではありません。

 こんな事実があります。
 予算委員会での蓮舫委員の質疑をテレビで見ていた世耕自民党参議院幹事長が、桜ばかりでコロナウィルスに関する質問をまったくしない蓮舫氏の対応に疑問のツィッターをしたところ、立民が党として抗議をしたというのです。理由は、通告制の質疑で、しかも予算委員会は質問内容に関する特別なルールがないということに関連して、世耕議員の物言いはそれを束縛するものだと。
 しかし、これは世耕氏が社会に対して立民の国会対策を、これでいいのか?と訴えたものではないかという返信ツィッターもあるようです。とどのつまりは、この抗議自体が逆に言論の自由を束縛するものだという、またもやブーメラン現象にもなっているわけです。
 棚橋予算委員長に対して「政権のポチに成り下がっている」と犬の姿にたとえた枝野立民党首の言葉使いも野党第一党の国会議員にあるべき品とは思えません。それこそ、民主党政権時でもそうでしたし、小沢一郎流に言えば、それ自体が数の論理で行われるという、過半数を得た政党が主体で国が運営されていく民主主義そのものを、野党になるとすっかり忘れる。このポチ発言はひどすぎる言葉として問題視されるべきと思いますが、そうはならないようです。
 自分たちは好き勝手にボロクソ発言で与党批判を続け、今何を為すべきかという優先順位も考慮せず倒閣運動に爆進している立民や国民。本当に政権獲得をしたいのだろうかと最近感じるようになりました。
 確かに、批判は楽です。テレビ放映のある委員会に登壇出来れば悪口雑言の政権批判をし、その執拗な発言がマスコミに取り上げられ知名度が上がる。これが地元有権者にはなかなかやるなーという評価につながり次の当選確率が高くなる。そのためには、党内にあって、早く予算委員になれるだけの立場にのし上がらなければならないという思考がうごめく。もちろん、この論理は全ての政党にあるわけですが、痛烈な批判発言で名を売ることが議員活動のすべてではないということは理解してもらいたいものです。それが正しい批判かどうか、そして正しい物言いかどうか。説得力があり聴く者をうならせる発言かどうか。
 本当に国や地域を良くしたいと思うのであれば、野党では簡単なことではないということを肝に銘じるべきです。もっとも、民主党政権は国の実態を弱くも悪くもしたという事実は免れませんが・・・。
 今こそ、世界を震撼させているコロナリスクに国として対峙する国会議論をしてもらいたい。他の国と比較して、中国との距離や互いの行きかいの実態をふまえれば、水際対策が遅い感じの日本であってはならないはずです。

No.3239 青春の詩=高齢者への応援歌

2020.01.29

アイコン

 過日、ある人が詩吟を詠うにあたり一枚の譜を参加者に配った。書かれていたのは人生の応援歌、特に高齢者にとって生きる糧となる詩が書かれていた。大げさかもしれないが私は正直にそう感じた。詩吟の世界を知らない小生に、詩吟というものは詠う題材を選ぶにあたり、漢詩、和歌、歌詞、名言など、その対象は特に限定されているわけではないということをその方が語ってくれた。
 それがゆえか、そこに書かれていたのはサミュエル・ウルマンというドイツ生まれのユダヤ系アメリカ人の詩であった。ウルマンについての詳細はウィキペディアでご確認いただくこととして、1840年から1924年、日本では幕末激動期から明治にあたる時期に生きた実業家、詩人、人道主義者として知られる人物である。詩人としては70歳過ぎてからであり、人道主義活動としては、黒人教育の必要性を訴えた歴史的経緯があるということが要因のようで、多くは実業家としての評価が占めているようである。
 さて、私がここで紹介するまでもないほど有名な詩かもしれないが、あえて紹介しておきたいと思う。訳詞はいろいろあるようだが、最もわかりやすく、背中を押してくれそうな訳詞を枝久保選ということで。

  歳月は、肌にしわを刻むかもしれないが、
  情熱を無くすと、魂がしわだらけになるのだ
  
  青春とは、人生のある期間を言うのではなく
  心の様相を言うのだ

  すぐれた想像力    
  たくましき意志    
  燃ゆる情熱 
  危機に立ち向かう勇猛心
  安易を捨て去る冒険心

  こういう様相を青春というのだ

  人は、年を重ねただけでは老いない
  理想と情熱を置き去った時
  人は、老いるのである

 70過ぎてから本格的な詩の世界に取り組んだウルマン。この「Youth]と称される青春の詩は、実は、自らの老いに立ち向かう情熱を檄する目的のようにも思えるのだが、実際に84歳という当時ではそう多くはない長寿を実現したことにつながっているのではないだろうか。そう思うと、現代にも通じるというか現代人の多くが忘れかけている高齢者への応援歌に聞こえてくるのである。へこたれてなるものかという想いが湧いてくるようではありませんか?

No.3238 公共交通に自動運転バス

2020.01.27

アイコン

 人生100歳時代と言われる時代ですが、100歳まで運転できる人がどれほどいるでしょうか。また100歳まで人生を共に出来る夫婦がどれほどいるでしょうか。温かい身内に囲まれるお年寄りもいるでしょうが、孤老も今後ますます増加傾向にあると思われます。
 いまさら言うまでもありませんが、生きている限りは年齢に関係なく生活のために銀行、郵便局、病院、買物といった基礎社会インフラとのお付き合いは続きます。歳が進めば施設での生活を求める人もいるでしょうが、割合としては少数派かと。したがって、押し寄せる高齢化時代に見合った公共交通が求められるのはあらためて言うことではないのですが・・・。
 今の自治体は、とくに地方の自治体にあっては財政的に苦しい状況にあると同時に高齢化率が高い傾向にあります。つまり、公共交通整備強化は待った無しの状態でありながら予算をつけにくい現状にあると言っても過言ではないのです。幸手市も、その意味において厳しい現状にあると言えます。
 実際、市内の知人の中には運転免許を返上したいが、その後のことを考えると立ち止まってしまうという方が実に多いのです。事故でも起こしたら元もこもない。終活状態の自分が死ぬのならまだしも、若い人の命を奪うようなことにでもなったら人生最後の最後で汚点を造ることになる。だから返上をと思いはすれど思い切りがつかないと切実な想いを語るのです。

 さて、そこで・・・県こそ違え、隣町のような感覚の茨城県境町で近々自動運転による市内バスを運行するというのです。ソフトバンクグループとのタイアップということですが、自動運転システムの詳細までは知り得ませんが、デザイン的には10人ほどが乗れる斬新な見栄えの中型車で、見る限り街のアイドル的存在になるかもしれないと思える車です。車とは人の目を引く特性がありますが、まさにそういった車で、これを3台投入する予定だといいます。単純な言い方をすれば「羨ましい」の一言に尽きます。
 過去3度の一般質問で、デマンドバスの改善及び循環バスの復活を提言かつ要望してきましたが、我が幸手市の対応はのらりくらりの状態です。提言の内容は、現行の不人気システムをとりやめて、銀行、病院、スーパーなどを主体に回る循環バス形式で、曜日別に決めた地区からスタートする内容を論じています。思考錯誤の余地はありますが、人口27000人の境町が行おうとしている運行システムがあてはまります。計画されている路線距離は往復5㌔というから、おそらく市民の足として効率か図れる路線を選定した結果ではないかと推測しています。
 良いものは遠慮することなく真似をすればいいんです。境町の事例はそんな想いがする行政のスーパーヒットだと確信できます。ニュースバリューとしてもこれ以上ない街の宣伝になるだろうと受け止めています。

No.3237 スピーディーな対応は国会から!

2020.01.27

 今号コラムは「政治は生きている」である。
 死亡者80人を超える・・・まさに、急速に拡大の一途をたどる新型コロナウィルス被害から在中日本人救出作戦は一刻を争う状況となっている。
 昨日、安倍総理が早期にチャーター機を向けるために中国側と交渉すると宣言し、明日28日早朝5時台に武漢に飛ぶことが発表された。これこそが政治は生きているということだろう。フィリピン、マレーシア、アメリカなどでも詳細は異なるが、新型肺炎防衛対策を明らかにしている。WHOのテドロス事務局長が対応を協議するため今日北京に到着し、同時に同西太平洋支部の葛西健事務局長も北京に入った。
 今後、どういった展開になるのか想像もつかないが、習近平中国にとって多国間連携を含めてパンデミック防止に向けた非常態勢を組む事態も予測され、まさに正念場となりつつある。遅ればせながら、武漢市長が情報公開が遅れた責任を認めたという。これにより、情報操作が国家の指導で行われたことはあきらかとなったと言える。なぜなら、武漢市長が勝手にこうした趣旨の発言をするはずがないからである。中国はここに及んで相次いで波状的に対策を講じ始めた。
◆日本への大型客船寄港のとりやめ
◆春節連休を延長して企業活動を抑える
◆李克強首相を武漢に派遣
といったところだが、まだまだこうした対策が発せられるものと思う。なにしろ、当の本国の認識が遅れをとっているのだ。10日で病院を造ると称し、広大な土地にブルドーザーがひしめく状況を世界に打電するなど、いかにも中国らしいが、感性として理解しがたい面が中国という国にはあるのは間違いない。

 ところで、日本の国会は相変わらずだ。それどころか、今度は野次に対する追及が新たに加わった。国民玉木代表の野次への対応も大人げない。野次が国会論戦の対象になるような受け方を野党党首がしたことによって、反日メディアがまたまた差別だと当事者と思われる人物を追い回す。相手が議員だからといって、こうした形で画面にさらすのはいかがなものだろうか。小生はメディハラという言葉を贈りたいと思っている。最近のメディアはこの種の追いかけは執拗に過ぎる。かくして日本の国会は重要案件を協議も共議もすることなく、スキャンダル論戦国会と化している。いや、あけくれているという表現のほうが適切のようだ。

ページ移動