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No.2184 荒川区汐入東こども園&小学校

2012.05.18

 今夜は集中してブログ書き込み。毎日一定の時間が取りにくいので、流れが大切だ??? いよいよ雨足は強くなっている。明日の予定が心配だ。

 14日の月曜日のこと。前々から視察してみたいと思っていた相手先を訪ねることができた。ひと月ほど前から計画していたこころみで、同期仲間に声をかけたところ総勢8名での視察と相成った。場所は東京荒川区の汐入東こども園と小学校が同居する施設。なんと8階建ての超近代的教育施設なのだ。
 そこで園長さんと校長先生のお二人に伺ったお話は、どれも新鮮なものだが、苦労話はとくに園長さんから出たように感じる。幼保一体の難しい一面は、私が予測していたのとほぼ同じ感覚で実際にあるらしい。詳細はここでは省略するが、とにかくこの施設は全国的にも先進的例として視察申込みも多いという。
 写真はそれぞれ、外観、玄関、屋上開閉式屋根付きプール、6階体育館床、7階体育館観覧フロア、教室間が開放可能な広々設計などなどじっくりご覧ください。
 なお、この施設は白鬚橋付近の首都高眼下の隅田川向こうにあり、それとわかる建物です。

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No.2183 新型ジェットヘリ投入

2012.05.18

ファイル 121-1.jpg 危機管理行政の目玉とも思われる救助ヘリコプターの新機種導入にあたり、視察の日程が組まれた。桶川にある埼玉防災センターで見た新型ヘリは写真のとおり。「あらかわ3号」「あらかわ4号」でイタリアのアウグスタというメーカーの作成するものだ。
ファイル 121-2.jpg 秩父での悲しい事故を乗り越えて、県内各消防署から選りすぐりの隊員が365日24時間の体制で山岳、水難、火災、突発性病などの災害発生に備える。
ファイル 121-3.jpg 県庁上空まで240㌔速、400m高の試乗もあったが、埼玉スタジアム上空にさしかかった時点での無線交換を聞いていたら「ただ今から着陸体制に入ります」という声が聞こえた。それから5分後に着陸した。たしかに早い。
ファイル 121-4.jpg 県内どこでも15分程度で行けるということだ。
 隊員さんたちのきびきびした清々しい応対が印象に残った。

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No.2182 どうぞやすらかに

2012.05.18

 今午前1時20分、深夜の上空ではゴロゴロ、バリバリの大騒ぎ。たった今、雷鳴に続いて屋根を叩く雨音が・・・すでに強めになってきた。
さる15日のこと、越谷での公務に出かけた際に見かけた古利根川の水位がかなり高くなっていたので、少々心配。

 さて、市議時代からいろいろとお世話になった方が、交通事故で亡くなられた。一般質問の時は必ず最前列の真ん中の席に始まりから終わりまで陣取ってしっかり耳を傾ける方だった。そして、その批評とブログの批評などちょくちょくメール送信してくれるのだが、なかなか的確な,ありがたい指摘をいただいた。
 12日の県政報告会にも奥様ともどもお越しいただいたのだが、大勢いらしたので特段の会話を交わすことができなかった。残念無念・・・。いつも何かとご心配していただき、人生経験なども含めてザックバランな話をされる気さくなご老人だった。最近は目が不自由で医者通いをしているとおっしゃっていたが、それ以前は医者の世話になったことがないとユーモア混じりに自慢気に語っていたのに・・。
 事故現場は、以前から危ない交差点だと感じていた方も多く、私自身も市議の折りに関連質疑および指摘等を何回かしたことがある。今、夜空から聞こえる雷鳴はそれに対する改善がなされなかった怒りの表現か。

 ご自宅からわずか数十メートルのところで、事故に合い、その8時間後に亡くなった。奥様がいくら声をかけても一度も目を開けることなく、一言もないまま逝かれたという。
 おそらく遠いところでこのブログを見続けてくれることと思う。そう思うことがお世話になった故人との絆なのだと信じて。
 ただただご冥福をお祈りする次第です。

No.2181 国会の中の懲りない面々

2012.05.11

 今年は街で多く見かけるオオムラサキの花付きが芳しくない。寒さの影響かとも思うが、我が家の植え込みのオオムラサキは例年満開をはずしたことがないのに極端にさびしい。

 さて、昨日のブログで小沢氏支持グループが一連で行ってきた卑劣な手法を指摘したが、またまた約100人がまとまって、今度は控訴に対する抗議文を提出するとかしないとか。
 政治の世界では劣勢をそのままにはしておかない!という暗黙の行為戦略があるのはわかっているが、その精神構造たるや違う特定世界のようでもあり、空恐ろしいくらいだ。
 そういえば、田代検事が石川議員に対する捜査内容で虚偽の調書を作成した一件は、たしかにあってはならない悪質なものだが、現状では、それが故意かどうかが焦点になっている状態。実は、この件について田代氏当人と検察相手に訴訟を起こした市民団体があったことを覚えておいでだろうか? これもいったいどういったウラがあるのか何やらキナ臭いと感じたものだった。当然、小沢氏の無実、復権を望んでいる市民団体ということなわけで、とにかく反応、対応が先鋭的であることは間違いない。

 しかし、これほど長い期間国民に明るい話題を提供してくれない国会もひどいものだが、今の国会には今年のそれのように開花を忘れたオオムラサキが沢山いるということなのだろう。出来得るなら、国民がほほ笑む明るい話題を提供してパッと花を咲かせてもらいたいものだが、冷え切った国会に国民から出るのは冷笑ばかり・・・いつまで居座る国会の懲りない面々よ!

No.2180 あきらめ感の強かった控訴

2012.05.10

 ある意味、大逆転の控訴ともいえる結果が期限日前にくだされた。多くの国民はこの裁判の判決に対して、政治資金に関わる政治家の犯罪確定の難しさへの厭世観を感じていたことと推測する。なぜなら、報道からの予測では控訴もないだろうという見方が大勢だったからだ。
 ところが、あにはからんや・・・である。指定弁護士の3人は意地を見せてくれた。もはや控訴後の結果は望まない。「有罪であるが無罪」といった中身判決趣意では到底納得できないのは当然のことだ。

 私は民主党および小沢氏グループのここまでとってきた手法に大きな問題があると感じている。
◆秘書たちの一連の捜査や小沢氏からの事情聴取などに対して、民主党内弁護士議員を中心に検察手法への可視化法案が取りざたされた。人権をタテにしたことも民主党らしさだった。当時、検察の不始末がいくつか発露したことも原因だったとは思う。冤罪の文字が新聞や画面におどったのもこの頃だったと思う。司法に関する出来事がこの時期集中した。菅原さんの冤罪などもまったく事情が異なるにもかかわらず、裁判の在り方や検察捜査の在り方の観点から政治裁判に、民主党対応に加勢したように思う。
◆判決日の3日前だったと思うが、小沢グループは突然、検察審査会の逆審査を秘密会で行いたいとの申請をした。この結果がどうなったかは不明だが、これもタイミングを意識した、いわゆる卑怯なやり方だ。裁判への影響を目論んだのかどうか・・・。こんなことが秘密会で行われる時代であるはずがないと感じたものだ。いよいよ小沢氏救済のためにトチ狂ったチュルドレンたちよ!親子の絆はどこまでいっても何にも勝るのかといった姿だった。
◆そして、今回の控訴期限日到来前の党員復権騒動だ。これには反小沢グループも抵抗力が一気に弱まったことを証明した。これには、日本の政治の今後がどうなってしまうのかという考えが頭の中で渦巻いていた。鳴門のそれどころではなかった。
 これも民主党の指定弁護士に対する「もう控訴するな!」というおごった狙いが見え隠れした。そうであったと確信している。

 まさに常軌を逸した民主党、ちぐはぐな民主党なのだが、志の異なる、もしくは厳しいようだが志があるのかどうかも見えない議員が結集した野合の政党だということを再認識した次第。民主党どうこうより自民党嫌いの方には批判をいただきそうな内容だが、あくまでも民主党という党だけを直視した場合、ここに至ってはそれをかばう材料は希薄になったとしか言いようがないのではないだろうか。

No.2179 原発問題ここまでこじれたのは

2012.05.06

 泊原発が今日止まった。この夏、本当に大丈夫なのだろうか?
 一般家庭レベルでは節約に努めようという意識も意義があるし、尊い姿だと思う。我が家もすべての照明の代用にはなっていないが、一部で夜間ソーラーランタンを使用している。通常照明はかなり低めにしている。
 しかし、電力が社会全般にもたらす必要度というのをしっかりと認識把握した上で原発不要論につながっているのだろうかという論理も一方では無視できない。
 原発供給量が全体の30%に達しており、代替エネルギーはわずか3%程度にしか満たない現実。これをどれほどの期間およびコスト計画で脱原発をめざし、経済破綻しない電力体制に移行するのか。東海村が初めて稼働したのが1964年。それから約50年・・・国のエネルギー政策をしっかりと方向づけても代替エネルギーにとって変わるのには少なくとも同等の年月はかかるかもしれない。その最大のポイントは高度成長もバブルも二度とないという推測の中での財政問題だろうと思うのだが・・。
 原発再稼働をすべきかすべきでないかの思考は様々だ。
◆脱原発派
◆政府および関係者の対応次第派(今はまったく受け付けられない)
◆100%の安全性が説明されなければならない派
◆次第に上がっていった再稼働のハードルは少し下げてもいいと思う派
◆脱原発で先行きを案じる派
 いろいろだ。

 脱原発論は人命に関わる主張ゆえ、それが正論であるかのように中心的存在になっている。いや、徐々になっていったとも言える。知名度のある有名人のプロパガンダ的言動もそれなりに助長している感じだ。異なる角度の見方として歪んだ思想集団がこの正論に乗って組織拡大を図っているという情報もある。
 そもそも、時の社会を揺るがす事件や問題が発生したり、経済停滞が長引き貧困度が増す傾向になると、思想社会の転換を図る動きが地下運動的に広がる傾向は歴史的にも世界各地に見られたし、現実に今も変わらないそれがある。
 たとえば、今ドイツでは極右のネオナチが議席を獲得する勢いだという。フランスでも保守に見切りをつけ社会党政権が誕生しようとしている。
 ミニマムな政治世界で考えれば、思いやりが欠如しつつある現代で、人の心に入り込むためにいろいろな便宜をはかる姿もなくはないだろう。もちろん集票を最大の目的としてだ。
 日本の政治は国政からしてその傾向にまっしぐらだ。マニフェストは選挙戦のプロローグであってエピローグには決して結びつかない・・程度に私は感じている。有権者を欺くマニフェスト選挙に有権者が勝つか負けるか、つまり嘘を見抜けるかどうかが現代選挙の在り方として姿を変えているのは間違いない。人物本位は本来のあるべき姿とはいえ、それがなかなか判定しにくい傾向にあっては有権者ができる防御方法はマニフェストに騙されないこと・・・それしかない。

 話を原発に戻すが、日本の場合は無能な政府が、政局的意図から繰り返した2転3転の発言によって国民をたぶらかすかのように、迷える子羊劇をもたらしてしまったことは否めない。
 

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