記事一覧

No.2244 なかなか進まぬ被災地復興

2012.10.20

 議会運営委員会では、このたび福島県を視察訪問いたしました。訪問先は福島県議会といわき市久の浜地区です。
 福島県全体に関わる内容については、知られていない実態も多く、後日ご案内したいと思いますが、津波被害の傷跡が大きく残るいわき市について少し報告したいと思います。

ファイル 182-4.jpg 津波被害というと、宮城県、岩手県がクローズアップされることが多く、福島県は原発に関わる被害のイメージがことさらに強調されているようです。しかし、福島の津波被害も相当なものであり、しかも復興などまだまだ先だということを知らされ、愕然としました。

ファイル 182-5.jpg この久の浜地区では商店街がまとめて消失するという被害を受け、近くの小学校の敷地内にプレハブの簡易商店街をオープンさせています。この商店街は浜風商店街としてテレビでも紹介されたと記憶しています。

ファイル 182-3.jpg 上段=延焼火災で多くの家屋が消失した地区。イチョウの木が当時の状況を伝えていました。このイチョウの木があったお宅の奥様という方が、浜風商店街で販売のお手伝いをされていて、少しお話を伺うことができました。イチョウの木は60年以上ここに立ち続けたていたものだそうです。
 中段=海岸に近い被災住宅街。2日に一度はこの地に出向いて花を手向けているという老婦人に会いましたが、「命を落とされた方々が成仏しない限り本当に復興したとは思えません」と静かに語る姿に言葉は出ませんでした。
 下段=海際に飾られた鎮魂の手造り祭壇で、その向こうに津波で運ばれたテトラポットが今でもそのまま放置されていました。

 周辺には新しい戸建が出来始めていますが、被災地自体は区画整理をして販売整備をする計画が考えられているそうです。出来るところから手を付けているという感じなのでしょうが、1年7ヶ月経過していることを思うと、あらためてこの大震災の驚異を思い知らされました。
 17兆円という巨額を積み上げた復興予算が、どうして北海道から沖縄まで全国各地で流用されているのか不思議さと怒りをおぼえますし、多くの国民が復興を祈願して寄付した日赤支援金が、海外援助の目的で使途されているという話にもおかしいぞ!という思いがわいてきます。こうしたことは、事実をあきからかにして国民に伝える義務があると思いますが・・・。

No.2243 いろいろあった初体験の議会運営!

2012.10.16

 前号でお知らせした自民党議員に対する民主党からの懲罰動議の本議会採決は賛成少数で否決となりました。ここに至るまで、議会運営委員会が4回開かれ、それに合わせて党役員会や団会議などが断続的に開催されるなど、そのすべてに関わっている私としては、食事やトイレもその合間をぬって時間調整しなければならず、いつも以上にわさわさと落ち着かない日となりました。

 この採決で自民党議員に限らず多くの議員が驚いたのは、現無所属ではあるものの直前議会まで自民党の一員だった鈴木義弘議員と大山忍議員が賛成に回ったことです。しかも二人とも4期目のベテランであり、それぞれ党青年部局長と総務会長という要職にあった方です。
 想像の範囲の理由は控えますが、首をかしげる対応ではありました。

 
 他に、国政進出を目指して離党した現無所属の森田俊和議員や、この日をもって自民党に入党した昨年初当選組の同期、白土幸仁議員にはそうした対応は見られませんでした。
 離党入党・・・その後の在り方様々ですね。
 
 
 他に、33億1574万円の一般会計補正予算を含む知事提出10議案および議員提出14議案、さらに八ツ場ダムや尖閣不法上陸と反日デモなどに関する国への意見書等々が可決され、知事提出3議案は継続審査として9月定例会は19時45分閉会となりました。今週から決算特別委員会や委員会視察、そして県および選出区での各種行事が目白押しといったところで、何も無い日が無い毎日が続くことになります。

 

No.2242 9定最終日は時間延長

2012.10.15

 いま、17時を回りました。暫時休憩中です。おそらくまだ2時間はゆうにかかると思います。自民党議員に対する一般質問の在り方に対して民主党から懲罰動議が提出された関係です。議会運営委員会が断続的に開かれながら、本議会開催まで時間が経過しているところです。
 16時からの3回目の議運で、賛成は民主党、刷新の会、共産党、社民党、反対は自民党、公明党という状況が判明しました。本議会運営について現在調整が進められているものです。
 動議理由は私憤を質問の題材にして議会の秩序と品位を汚したというものですが、地方自治法、県議会規則双方に照らし合わせても、その動議理由に値しないということで、逆に政策論争ではない部分で次元の低い戦いを時間延長までしてする議会自体に問題を感じるものです。

 それより、個人的にあれ?と思ったことがあります。それは、これまで長く八ツ場ダムの建設再開に党是として反対してきた民主党が、自民党が提出した「八ツ場ダム本体工事の早期着手を求める意見書」に賛成したことです。実際は他の議員も一様に「どうしたんだ?」といった感じで受け止めていました。
 国では、たしかに昨年12月に当時の国交相が再開を認める発言をしましたが、その後、政権党の強い意向が示されることはなく、各種理由を元に実際の本体工事がまったく進んでいない状況は、とくに現地の人々を翻弄し続けているわけです。ましてや民主党の一部国会議員は「絶対に阻止してやる」と発言していますので、政権与党としてのまとまりすら無いのです。
 埼玉県の民主党無所属の会はこれまで一貫して反対していながら、ここにきて賛成したのは何故なのか不思議です。政権党としてのまとまりがない状況においては党紀違反にもならないのでしょうが、内部事情がわからないだけに理解に苦しむ対応ではありました。
 今回のように、国を2分するような政策論が展開されているテーマや議案で、態度を180度転換するという例は通常考えられません。

 しかし、賛成という流れは悪い方向に変節したのではありませんから、まずは了解しておくことにいたしますが、政治家は、自らの政治信条、政治理念に基づいて活動をするのは当然です。しかしながら、その活動に実りがあることを求めるには無所属では多くは発言の機会もなく、選出してくれた地元のためになる政務活動をこなすことが困難でもあります。与党野党に対してもそうですが、無所属には執行部の対応も大きな違いが出るのはある意味やむを得ないと言えるでしょう。
 だからこそ、多くの議員は政党選択をし、そこに所属をすることにおいて、政党政治の原理原則を守りながら自らの責務をこなすスタイルを求めるのです。それがまた必要とも言えるでしょう。
 市町村議会にあっては、与党野党に実際は分かれることが多いようですが、保守系議員は無所属を名乗る場合が多いようです。人数が少ないことから、一般質問はすべての議員に均等に与えられていることも特徴です。ただ、県議会や国会では議員の数からしてそれは不可能ですから、会派構成員数に対して割り当てられることになるのです。

 

No.2241 自民党反省と自論回想

2012.10.10

 №2234、2235で示した私見がどうやらその通りになりそうだ。いや、別に偉そうに振り返るわけではないが、昨夜開かれた自民党の全国幹事長会議で、総裁選における地方票の在り方について、決戦投票でもその意向が生かされるシステムに改革する方針が示されたそうだ。

 「○を推したのに、△が当選した」というこの世界によくある不満・・・これが怨念にまでつながるパターンも少なくない。秋田県連の役員4人が選挙後即座に辞任を表明したのは、地方票で石破さんが圧倒的だったのに、国会議員だけで決める決戦投票で安倍さんが逆転勝利したことが気に入らないというものだった。その後、この4人は辞任は撤回したらしいが。
 私は党内行事の結果で立場や組織を投げ出すことは大人気ない。まずは方法論への疑問と改革の必要性を訴えるべきと感じ、そんな主張をブログに書いたが、事実はそのような流れになったようだ。大人の自民党が示されたと理解するほどのことではないかもしれないが、落ち着くところに落ち着いた様子。
 現状の国政国難をにらみ、自民党がどうあるべきかを考えれば当然のことであって、ノーサイド精神を示さなければ1枚岩になどなれるはずがないのだ。

 そして、昨夜の全国幹事長会議で今後の変更方針が了解されたという。
 昨夜、この場に出席されていた埼玉県連の長沼幹事長とお会いする場があって、このことを聞かされた。帰宅してテレビのリモコンを握ったら、ニュース番組でちょうど報道されていた。
 これが自民党再生へのテープカットになればいい。

No.2240 山中教授おめでとう!

2012.10.10

 やりましたねー! うれしいですねー! 
 なんとなく、どことなく親近感をもって喜べる今回の山中教授のノーベル賞受賞。それは、2006年のiPS細胞作成論文が世界に打電され、一躍時の人となった際、その研究成果が医学の進歩と未来への期待感につながる偉大なものであることには静かに、謙虚に受け止め、研究所の手狭さと研究費が不足している状況を切々と率直に語る教授の姿が忘れられない。要求や不満に聞こえないその語り口から受ける人物感から、自然人間の雰囲気を感じたものだ。その後も時折、テレビなどで拝見する機会もあった。それが親近感につながっているのだろう。
 あれから40年、いや6年・・・もう受賞は間違いないとも言われていて、結果その通りになった。確定的であったからこそ、この期間はけっして長いというイメージはないが、惜しむらくは昨年までに受賞していると氏40代での受賞であった。でも、そんなことを思う人ではなさそうだ。

 「まだ一人の患者も救っていない」という教授だが、再生医療に明るい道が開かれたことは間違いない。 
 ふと思ったが、研究費の不足を口にする教授だが、その後の国や大学などの対応はどうなったのだろうか? まさか民主党政権になって仕分けの対象にされたということは? あるはずがないか。

 
 ともあれ、人間の尊厳というか倫理性を破壊しない道筋で、早く供用実現まで結びつくことを願わずにはいられない。

No.2239 40番目の市

2012.10.08

 昨夜の「冷え込むでしょう」という予報士の言葉通り、秋色色濃しを感じる今朝です。しかし、一昨日夜半の雨は久しぶりに屋根を叩く雨音が強烈でした。この雨で、昨日予定されていた体育祭、運動会が多くは中止もしくは延期されたようです。

 そんな中、県内40番目の市政施行を祝うイベントが白岡で開催されました。吉川市誕生から16年ぶりのことだそうで、祝賀式典には上田知事はじめ、多くの近隣市町から県議、首長、議長たちが駆けつけました。
 人口50,800余名の新生白岡市は、約15haの白岡産業団地にパルタックという資本金125億の化粧品、日用雑貨、薬剤等の卸売および物流受託企業がコア企業として決定しています。知事が大阪に出向いてトップセールスを行った結果で、素晴らしいのは、物流とは言え、そこで必要とする雇用は1,000人にも及ぶそうで、圏央道の開通を待つ桶川から幸手に至る地域は、県内経済を大きく活性化させることをあらためて感じさせる話です。
 何どもお伝えしてきたことですが、幸手市では当初20haの面積だったものを3年前に47.8haもの広さへの変更を許可され、県内随一の産業団地が予定されているわけですから、その期待度は計り知れないものがあります。団地自体は、圏央道の路面敷設工事のような目に入る状況変化はまだまだといったところですが、確実に変貌への足音を増しつつあります。
 

 32で首長になって、今93歳になられる白岡市の渡辺元町長の祝辞での、大宮栗橋線の道路誕生にまつわる内容が印象深く残っています。まずは水道、そして下水とインフラ整備を展開し、次に、白岡市を中心とする梨生産地区にあって、東京までの輸送の至便性を求めて新道路の必要性を訴え続け、苦節10年かかったそうです。
 国の動きが鈍く、県と自治体とで協力して進めた結果、この道路は今でも国道認定はされていないが、国道にも負けない立派な道路だと思う。道路建設には最低でも10年はかかるんです、と語る1950年代以降の当地変貌経緯は、当時の映像と重ね合わせて、会場全体が感慨深いため息で覆われたのです。/span>

ページ移動