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No.2503 花時計花壇の手入れ

2014.05.29

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 昨日、県庁東門を入ったところにある花時計花壇の定期的な手入れのために、川越総合高等学校の生徒さん達が大勢で作業に集中している場面に遭遇。
「ご苦労様!」とだけ声かけたものの、どうやら届かなかった様子。それはそれでいいのだが、この作業には、県内のいろいろな高校が順番で県庁を訪れてくれるようで、とても素晴らしいことだといつも感じている。
ファイル 405-1.jpg 大げさに聞こえるかもしれないが、「一つの事を為す」というのは人の成長過程で大変有意義なことだと思う。「小さな社会貢献」の大切さを理解するという意味において、こうした社会活動を目的とした課外授業の趣きは、今後もカリキュラムに盛り込んでいくことは明るい教育の一環になると思う。
 昨日はかなり蒸していたので、作業服を着た高校生たちは汗だくになったことと思うが、みんなであれこれ植え付けのアイデアを出し合いながら、作業を協働で進める過程が素晴らしい経験になったことだろう。

 前号で「心無い事件」について書いたが、今朝の新聞に驚愕で背筋が寒くなる記事を見た。それは西川口で3月に起こった老夫婦殺人事件の顛末に関するものだ。この殺された夫婦の41歳になる次女の息子17歳が、母親(次女)に祖父母の殺害を提案し、実際に自らが実行した。次女は息子の犯行をいさめるどころかキャッシュカードや電話などを奪ったという事件。
 犯行の詳細等事実解明はこれからの問題ではあるが、殺された祖父母夫婦にとって人生の悲劇がこんな形で襲ってくるとは想像もしなかったであろう悲しすぎる事件。

 
 この容疑者親子も社会の被害者であり、ここまでのことをするのはそれなりの事情があったのだろうという声があるとしたら、それは違う!と私は思う。人間どんなに落ち込んでも金品目的の犯罪をする精神は責められてしかるべきで、それが親や祖父母に手をかけるなどは鬼畜以外の何物でもない。
 私はこれまで、こうした残虐な犯罪をブログの対象にすることはほとんどないのだが、17歳といえば高校の年齢だ。県庁の花壇で花の植え付け作業に汗を流す高校生とのギャップを感じずにはいられない。
 
 

No.2502 心無い事件が多すぎる!

2014.05.27

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 どうにか2,501号を書き込み、とりあえず3,000に向かって新たなスタートを切った。ところがなんと、アクセスの多さに驚いている。250を超えたのはいつ以来だろうか。
 多くのメールもいただいた。経験者の方からいろいろなアドバイスをいただくのがなんとも言えずうれしい。参考にさせていただきます!

 さて、2月と4月に塩素系劇薬により池の魚が全滅するという被害にあった県営羽生水郷公園で、またまた器物破損の被害が発生した。都市整備部公園スタジアム課からの報告による内容は次のようなものとなっている。
 ○窓ガラス破損 計14枚  ○トイレ便器の破損 計2基
2度目の被害からいまだに魚の放流がされていない中、またしても・・・心無い人間が近頃多いように感じられてならない。AKB48の事件にしてもそうだが、精神的に不安定もしくはすでに異常なのかもしれない犯人像が浮かぶが、だとすれば罪を問えないこともある。やるせなさすぎる!
 まあ、まずは罪を問える問えないにかかわらず、早期に犯人を検挙しなければ住民の不安をぬぐえない。
 子ども中心に多くの観光客が訪れる公共施設を犯行の対象にし、貴重な生き物にまでターゲットをしぼる精神は、いったいどういった心に根差すのだろうか。
 

No.2501 吹き抜けた激痛

2014.05.26

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多くの方から2,500号達成に対するメッセージをいただいた。
11年4,018日での2,500は、確かに我ながら頑張ったという気はするものの、少々書き込みが鈍化している状況でもあり、これからに向けて気合を入れ直さなければいけないと感じてもいた。そういう意味では、2,501号をいつになるのか期待しているとの直言もいただいた。うれしいことだ。

 この土日はいろいろあった。なにより、人生3度目の激痛に襲われたことが記憶に痛い? いや、ご心配には及ばない。その顛末を記すが笑い話としてお読みいただければなによりです(^:^)

 中学校の運動会の開会セレモニーで、今まさに挨拶の順番がという時に、右腰に鈍痛が。徐々に痛みが増し冷や汗がじわじわ。挨拶を済ませた後、家内に車での迎えを頼む。自転車で出かけたのだが、とてもそれで帰れる思いがしなかった。
 途中、待っている間に知人に会うもろくに会話もできない失礼をしながら一目散で家に向かう。猛烈な吐き気が重なり車を停める。帰宅して横になるもじっとしていられない腰と腹の両面からの痛み。「病院に行く!」と一言。「救急車を呼ぶ?」との家内の声に「我が家の前で救急車を停めたら近所がなんだと思うからだめだ!」
 そうこうしているうちに冷や汗の流れ方が尋常ではなくなる。病院到着。
実は、勝手な素人判断でひょっとすると腸捻転かもしれない。だとしたら緊急手術もありうると考え、最も近い手術可能な病院ということで東鷲宮病院を家内に指定する。
カウンターにうっぷして「すぐに見てくださーい」と受付嬢に声をしぼる。カウンターの上も見る間に汗まみれ。嬢のあせりが伝わる。すぐに処置室に・・・ストレッチャーにすぐ乗せられた。目も開けていられないほどの痛みだったので、うっすらと見えるのは床を動く脚ばかり。おそらく複数の看護師さんがかりで対処してくれた感じ。ひとまず痛み止めの点滴。ところが、先生が来ての問診・触診で腸捻転に笑いが入り、「こりゃ尿管結石に間違いないですよ」との声。軽く告げるこの医者はどんなツラした医者なんだ?
 CT撮影室に運ばれる。えらく長く感じた撮影時間中、我慢も限界に近かったが「痛みには強かったはずだ!」と自らに言い聞かせ難を逃れる??

 その後も痛み止めが全然きかず脳裏に「やぶか?」がよぎる。痛み止めを要求する。「イターイ、イターイ」と発し続ける自分に恥ずかしい気持ちよりも「痛いものは仕方がない」との思考が勝る。痛み止めの追加。しかし、痛み止めには、その都度血圧などの確認が必要のようで、悲しいほどに情けない状態の自分にはまどろっこしいことこの上なし! それでも看護師さんの優しさと丁寧さはしっかり感じていた。
 そのうちに眠りに入ってしまった。ようやく痛み止めがきいたのと家内が腰をさすってくれていたことに加え、痛みへの我慢が重なり一気に疲れた感じ。実際、痛みが引いていく時の安心感は快感に近かった。
 

 しばらく眠ったのだろう。目が覚めて時間を確認すると来院してから2時間半が過ぎていた。CT所見のため診察室に。黒の上下を着た担当医は、なかなかのイケメンで息子くらいの年頃か。所見はやはり前言通りの結石だった。フィルムを見るからに間違いない。この時点で先生はだてに先生ではないと感じる。ゲンキンなものだ。物言いもとても感じが良く、患者に安心感を与えてくれるタイプだと確信する。
 「尿管結石は、激痛に襲われ劇的に痛みが去るから心配ない」と言われた時、「他人事だと思ってよく言うな、この医者」と瞬間感じたことをお詫びしなければならない。
 

 冒頭、人生3度目の激痛と言ったが、最初は26歳の時の会社の残業時に胃痙攣で七転八倒。先輩の機転で処置できたものの猛烈な痛みは今でも恐怖感としてトラウマに近い。その時、知ったのがブスコパンという胃の激痛時の即効薬。ニトロもそうだが、各種痛みには対応する即効薬がそれぞれあるようだ。
 2度目はそれから2年後くらいだったか、会社で什器移動中のギックリ腰。運んでいたロッカーを下す際に魔女の一撃が。情けない恰好で車に乗せられ帰宅し病院直行。ひと月以上の入院となった。今どうかは知らないが、毎日打つカルシウム注射の痛さが忘れられない。
 今回35年ぶりの激痛で感じたことは、痛む場所の如何にかかわらず共通するのは、ダラダラと流れる冷や汗と気恥ずかしいほどに情けない自分の世界に入り込むことだ。

 痛みには肉体的痛みとは別に長い人生で壁にはばまれた時の痛みもある。そうしたこともある程度経験をしてきたつもりだが、どちらの痛みも「こんなことで死んでたまるか!」という思いにさせられる。
 身体の辛さは短時間ではあるものの耐える強さが求められる。あゝ今度はどんな激痛に襲われるのだろうか。来るなら来い、いや来てほしくない??
 期待いただいた2,501号にほど遠い、我が身の情けない話にお付き合いくださりありがとうございました。これからも頑張りまーす!

No.2500 記念の号は「感謝!」としました

2014.05.22

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 今月は、書き込み更新の間隔が空き過ぎで申し訳なく思っています。
 実は今号で2003年6月1日から続けてきたブログが2,500という書き込み数に達することを承知していたので、クォーターアニバーサリーは何をテーマに選択しようかと考え込みすぎていたのです。テーマにできるものはいろいろあるわけですが、自分なりに納得のできる記念のテーマをということにこだわりすぎでした。で、ここはあらためて初心に戻る意味で、ここまで続けてこられたことに対する感謝の号にすることとしました。

 早いもので、今月末日で書き込み開始から満11年になります。市議になりたてでホームページが持て、当時、合併問題で揺れていた幸手市議会状況をお伝えすることを中心に「えださん日記」をスタートすることが出来ました。そのベースを作成してくれ、さらに途中で内容を変更してくれたSさんには感謝しきれないほどの思いでおります。
 そして、なにより長きにわたりお付き合いくださった読者の皆さまがいらっしゃったからこそ! 更新を続けることができたわけですので、あらためて深く御礼を申し上げる次第です。
 これからも、ある時はビシバシと辛口ブログも書いていくことでしょうし、自然をはじめとする各種分野のエッセイ的なものも書きたいという思いもあります。従前にも増してさらなるアクセスならびにご批評をいただければ幸いです。
 この先、どこまで続けることが出来るかは神のみぞ知るということにいたしましょう。

No.2499 最終バスが10:15から10:18に

2014.05.16

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 いよいよ蒸し暑さを感じるようになりました。ただし、夜はまだ冷え込む感覚が残るやはり変な陽気です。昨年の今ごろですと、もう鈴虫のケースは段ボール箱から出していたのですが、今年はまだ、そのままテーブル下に置いたままです。卵からかえるのはかなり遅くなりそうです。 

 さて、ありがたい話をひとつ。4月19日に地元香日向で開かれた松田市議の集会にお招きを受けて出席した時のことです。
 質疑に入ったところで、「香日向バスの東鷲宮駅からの最終バスの発車時刻が、電車の到着時刻とわずかな差しかないので乗れない人たちがいつもいます。毎日のことだし、とくに最終バスなので、もう少し時刻調整してもらえるといいのですが、枝久保さんから言ってもらえないものでしょうか?」

 私はあくまでもゲスト参加でしたので、こうした要望的発言が向けられたことに少し面喰いましたが、およその状況はすぐにわかりました。なぜなら、この地に転居して約13年の間、東鷲宮駅を利用していたサラリーマンの一人として、交通機関のきわどい乗り降りにドタバタする経験はわかりすぎる話です。来るべき電車が来なかったり、ギリギリで間に合わなかったりといった時のストレスは結構なものがあります。

 当時の香日向にはバスそのものがなかったのですが、懇意にしていた観光バス会社さんが路線バスを事業化してくれたことは、私自身忘れることのない感謝の思いを今でも感じています。その会社にとって路線バスは初事業ということで、認可をとるのにあれこれ大変なことがあったことを思い出します。

 話を戻して・・この要望的発言に関するやりとりで時間を割くのは、私がメインでない場になじまないと考え、「わかりました。実情を確認して○○○○さんに話をしてみましょう」ということで、話の中身だけを確認してあとは後日ということに。
 実際に調べてみると、10:13に東鷲宮駅に到着する電車に対して、最終バスは10:15発となっていました。たしかに、わずか2分では下車してホームを歩き、改札を出て、地下道を抜けて階段を上がってバス停までというのはきつすぎます。特に夜遅い時間の電車は混むので、案外にすいている先頭や後尾車両に乗る人が結構います。私もそうでした。でも、それではまったく間に合わないことがよくわかります。
 そこで現況を会社に伝え、調整を図ってもらえるようお願いしたところ、10:15発を10:18発に3分遅らそうということになったのです。あまりあくと最初に乗車した人が待ち過ぎることになるので3分!
 昨日から改正時刻になっていますが、はたしてどういうことになったのか。

No.2498 企業誘致が具体的に進展

2014.05.12

 前号に対して多くのご意見をいただいております。fbでもブログを紹介している関係でアクセスが増えていることも一因かと思います。それと、この交差点問題に多くの方が疑問をお持ちになっていることもわかりました。
 市議時代にも議会発言したことがあるものですから、かれこれ随分な仕掛かり案件となっています。

 さて、話変わって幸手の未来を変えると期待されている幸手IC周辺の産業団地に関するご案内です。お招きいただく会合の場でも、不都合が無い限りご紹介するようにしている内容は、要するに企業誘致が「契約」という形で、県道惣新田幸手線のIC出入口付近の歩道整備と、団地内造成工事の順調な進捗と合わせて、具体的な進展を見せているということです。
 県道北側のA地区約20㌶は、13区画に区分され販売開始になりましたが、現在11区画について7社から申し込みがあり、4月30日から順次契約が開始されております。12月9日からの販売開始でしたから、これはまさに順調という表現があてはまると思います。

 予定企業の断念から少々心配がないではないB地区約27㌶は、東西2区画に区分して4月から販売開始しておりますが、打診企業の数はけっこうなものがあるということです。埼玉県企業局が所管し、幸手市と共同で進める誘致事業は、28年4月の引き渡しに向かって現地風景も急ピッチで変貌しているところです。

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