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No.2651 2015.9.19 am2:18 平和安全法制可決

2015.09.19

 たった今、参議院で平和安全法制が可決した。
 本会議では討論が反対、賛成の順で行われるが、一昨日以来の反対政党による長弁抵抗戦術があまりにも常軌を逸した形で繰り広げられたことから、討論時間を15分に制限することに決まった上で始まった。

 しかし、民主党福山氏、共産党小池氏は想像はしていたがこれを無視し、30分に及ぶ討論を行った。ナイーブな状況が続いた国会でもあるので、特にこれに対してどうこうということはないと思うが、普通であれば懲罰動議が発せられてもおかしくはないルール無視だったと言える。
 今回の国会審議では法案反対派に戦闘派、武闘派の議員がなんと多かったことか。こうしたことは予測の範囲であったのだろう。委員会で委員長の後ろから何度もダイブした民主党の小西議員、そして、やまもとたろうさんなど、最後の最後の採決場面までユニークな?あるまじき無法議員の姿を見せてくれた。

 いくら反対議案が可決されたからといって、議員には議員の品というものがある。まして国会は映像が全国に映されているのだ。
 私も、市会議員時代に当時の町田市長を支えるという立場で活動していたが、こと肝心な議案になると市長を支えることが出来ない場面が多々あった。つまり、採決で少数側になって悔しさを味わうことは一度や二度ではなかった。それが政治の持つ基本的ルールだとの思いは持ち続けた。
 議会制民主主義とはそういうものと理解しなければならない。悔しい思いは選挙で変えるしかないし、そのためには賛同者を増やすことしかない。

 反対討論では、国会の外にいる国民の思いを踏みにじる、理不尽な多数決運営だとの批判を口にしていたが、多数決の議会制民主主義を、国会議員が自ら否定することは、ある意味醜い姿をさらしていることになる。なぜなら、政治家、議員は多数決制度の原点たる選挙で選ばれている。政治家の活動の基本には、選ばれる段階から多数決制度が柱にあるのだ。
 選挙で負ける厳しさや忸怩たる思いは、議案採決で悔しい思いをする比ではないと経験から断言できるが、多数決制度がもたらす無情な一面は社会システムの多くの事象に存在しているのも事実だ。

 福山氏の強弁は、駄々っ子のような感じで、野次に反応して突然喧嘩口調になる。一昨日の委員会でも反対討論でも意識的にゆっくりと委員長不信任動議の理由を述べたが、議案そのものの反対討論のようでもあった。したがって、2度同じことを聞かされた感じであった。
 共産党の小池氏は、声高にまくし立てる弁説手法で志位委員長を彷彿とさせるが、戦後最悪の安倍政権とか希代の悪法であるこの戦争法案といったような表現に対しては、さすがに民主党からも拍手が少なかったように思う。共産党がこうした場面で使う形容詞は、見事なまでに自民保守精神に対する憎悪剥き出しになる傾向があって、共感が持たれないのかもしれない。

 いずれにしても、彼らが言う安倍政権打倒は来年夏の参議院選が戦いの場になる。今回の安保法案可決で政権支持率がどう変化するかだが、これも報道の主体によって、最近大きく乖離する傾向がある。私はさほどの大きな低落はないと予測している。あっても一過性のものではないかと。
 反対者が言うデモの参加者たちの多くは、民主共産のもともとの支持者たちというのが実態であり、シールズなどの若者が戦争という言葉に過敏に反応して、祭り気分、野次馬気分で声を上げている者も少なくないと感じている。
 ただ、わけのわからないまま、友人にメールやラインで誘われたから参加したという学生が多くいることに一抹の不安を感じている。こうした運動の中にいると、まるで正義の戦いをしているかのような錯覚を覚えるというのだ。これもマインドコントロールの一種なのだろう。
 たしかに、今回は法案の内容に疑問や不明感を持っている人たちもいるとは思う。テレビやラジオはそういう人たちの声を多くひろう傾向がある。
 しかし、デモの中に見るノボリの文字のほとんどは、日教組や組合のものであることがわかる。さらに、挙げるシュプレヒコールは沖縄基地問題にまで広がっているから腰が引ける参加者が多いという。
 

 さらに言えば、早速中国から「国際秩序に挑戦」といった歴史カードを絡めた批判が打電されており、北朝鮮もロシアも思いはおそらく同じところにあると推測できる。
 共産党独裁の選挙権も与えられていない非民主主義国家「中国」、国際条約を無視し侵略した北方領土を略奪し、今にあってはクリミア侵略、シリア軍事基地化を実行する「ロシア」、日本人を不法に拉致し、核に執着し国民を餓死させる暴君国家「北朝鮮」などによる批判は、まさにこの法案が必要だということを逆に示唆している。
 複雑なのは韓国だが、日本の後押しで日本と肩を並べる産業国家となったことを忘れて、ただただライバル心をむき出しにして、中国との八方美人外交を見せつける現状ではあるが、実はアメリカ同盟強化において先を越されたとの思いはあるはずで、やはりこの法案可決は有意義であったと見るべきであろう。
 そういうわけで、概ね、この法案可決を待ち望み、賛意をもって迎える国が多いということに反対派の人々は想いを馳せるべきだと思う。
 議員の国会言動や、そこから感じる人格、人間性、政党の精神などを冷静に判断すると、おのずとその違いはあきらかだと思えてならない。
 

No.2650 反対ありきに付ける薬はない!

2015.09.16

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 今の国会審議は、最初から合意納得賛成を形成する道筋が開かれてはいない。同特別委員会で質疑に出てくる反対論者たちは、その話法自体が挑発、嫌味、皮肉に満ちたもので、画面を見ていてその異常性のレベルが上昇しているのがわかる。民主では福山、蓮舫、白といった帰化議員の皆さん、とくに福山さんはひどい! 社民の福島さんなどは、戦争法案の言葉の繰り返しで印象操作を狙った発言を徹底し、最後に必ず「安倍総理の退陣を求めて質問を終わります」とくる。これは、まさに政争を意味する言葉であって、法案審議でもなんでもない。

 そして、特筆すべきは生活のやまもとたろうさんという方。どれも押しなべて子どもたちに対する人間的見本にはならない態度のオンパレードなのだが、この人は特にだ。質疑のためにいろいろと調べていることはわかるが、アメリカを敵国のように引用する質疑は聞いていて今更何を言うかだ!
 大東亜戦争時のアメリカの攻撃が戦争犯罪ではないのかと参考人に問うのだが、参考人から「その質問が安全法制にどういった関わりがあるのか不明なので答えられない」といなされている。
 彼はそれを安全法制反対の材料としたいようだが、70年前のあくまでも結果論を現代に引用することには無理があるし、そこにいたるまでの経緯と、敗戦という事実には屈する以外なかった当時の日本の政治状況に理解が向かないようだ。だからこそ、サンフランシスコ条約は売国条約だと揶揄発言するのだろう。これには委員長も「私も過去に暴言をよく発言した議員だが、今の売国条約というのは認めることはできない」と注意されている。
 ヤルタ会談やポツダム宣言など、戦勝国の為すがままを受け入れざるを得なかった。そのアメリカ進駐軍によって創案された現行憲法に対して違憲だと言うのだから主張そのものに整合性が感じられない。
 彼の発言は、身勝手な理解とバイオレンス的な内容を、わざとらしい丁寧語で挑発するばかりで、始終委員長の注意を受ける始末である。

 一般の我が街議会もせっかくネット配信されていても見ている市民は少ないと思うが、これだけ騒がれている法制審議中継を見ている方がどれだけいるだろうか。反対のための時間が費やされていることがはっきりしているし、見るに値しないという想いを与えたとしたら、その責任は重いものがある。
 国会質疑に連動して、実態は、民主、共産、社民各党の支持者たちが多くを占める国会前デモ活動が繰り広げられている。昨夜も主催者発表45,000人で警察発表17,000人。もう作られた数字などどうでもいい。
 民主党岡田代表が「たよりは皆さんたちです」とデモ隊の中で演説している。自ら議会制民主主義を否定しているという思いはないようだ。
 昨日の審議で、佐藤正久議員が民主党の岡田さんと野田さん(首相時)が集団的自衛権は必要だとする過去の発言を示したとたん、民主党議員から「何言ってんだ!」「ふざけたこと言ってんじゃねえよ!」といった野次が飛んだ。これっていったい何なのか?

 平和安全法制は、日本列島周辺の安全環境の不安定さに対応するための平和貢献向上策として必要不可欠なもの! これが私の結論である。
 
 国民を煽るための国会がまかり通り、発展性ゼロの空虚な国会と化している。その責任が、法案提示者側にあるのか、反対のための反対をしている野党側にあるのかは、やはり主義主張の違いが為せることでしかない。
 安倍政権側にも、ここばかりは譲れないといった感じがあるが、状況からすれば永久に電車の線路なのだからやむを得ない。
 安倍総理は、狂信的反対論者の呼び捨て、悪魔呼ばわりの罵倒発言が飛び交う状況でも、冷静さだけは持ち続けているようだ。礼節を欠く言葉をぶつけて、総理の怒りの失言をまた槍玉にあげようとする姑息な質疑も通じない状況に野党側はいらいらしているのがわかる。
 

No.2649 新たな課題は即解決の道が防災対策

2015.09.15

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 水の恐怖をまざまざと見せつけられた大洪水被害。まずもって被災された皆様に慎んでお悔やみ申し上げますと同時に、心からお見舞い申し上げます。

 そうした状況下にあって、行方不明になっていた15名全員の無事が確認されたというニュースにほっとした次第。自然災害のたびに行方不明者が発生するが、多方は死亡という結果で発見されることが多いように思う。今回の場合、奇跡的ともいう結果と言えるのかもしれないが、考えてみると災害時の情報のあり方につぎのような新たな課題が見つかったのではないだろうか。

◆当該自治体である県と市町村の情報共有の問題
 今回、常総市が全員無事を議会発表した際、県の防災対策会議ではまだ1名について未確認としていた。結果からは問題が大きくはならずにすんだが、どちらが正式発表するにしても、県と市町村は互の情報を確認してからにすべきである。
◆行方不明者の設定の仕方に残された課題                 なぜ、行方不明者15名の情報となり、ただそれだけの情報が長時間にわたって流され続けたのか。それにより、自衛隊、警察、消防の多くの人間が捜索活動を続けることとなった。神経をすり減らしての救助活動から休むまもなく活動を続けた彼らの疲労は、極限に近い状態ではなかっただろうか。
 災害対策本部機能がどのように働いたかは分からないが、各所の避難所をつなぐ連絡とそのシステムはどうなっていたのだろうか。避難所に行方不明者の名前を貼り付けることで、元気でいることがもっと早く知らされることはできなかっただろうか。テレビで行方不明者を発表する方法もあったはずだ。

 こうしたたびに、個人情報保護法が不測事象対応策のいらぬハードルになっているのではないかという疑問が沸く。 

次の二つの例について皆さんはどのように感じられるだろうか。
■一つは、住民基本台帳という行政が保有する個人情報の最たる資料を、社会活動と称する会合の人集め用の案内目的?に、閲覧をオーケーする自治体があること。
■もう一つは、財務省が提案している消費税軽減税率実施方法案は、わずか年間限度額4,000円のために、マイナンバーカードをスーパーなどでの買物時にレジに提示させ、それにより個人口座に還付するというシステム。
 これはまだ確定ではなく検討の段階ではあるが、個人情報の集約とも言うべきマイナンバーカードを常に持ち歩き、そういったことに使用させることにどうもガテンがいかない。
 以上の二つは、逆の意味での個人情報取り扱いの問題提示である。
 
 このように考えると、個人情報保護法の本来の目的と、その例外事項を見直す必要に来ているのではないだろうか。それを暗示している今回の行方不明者騒動だったと思えてならない。 

No.2648 被災地の2次被害と幸手の状況

2015.09.11

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 夕方のニュースを見て、まさか!という思いと同時に愕然とした。
 信じたくない話だが、常総市で空き巣狙いが発生しているという。東日本大震災の時、日本人のモラルが世界中から称賛されたはずなのに・・・これはなんとしたこと! どこかがおかしいとしか思えない。
 空き巣の実情が把握できていないのでなんとも言いようがないが、一体だれがこんな卑劣なことを? 犯人像は思い浮かばないが、個人的な思いとしては、こうした輩は絶対に逮捕し、一般の空き巣に課す罪より重い内容にしてほしいと思う。着の身着のままの被災者にとっては、とんだ2次被害である。

 話は変わるが、茨城県常総市に続いて宮城県大崎市でも河川決壊で一帯が湖のような状況となった。画面の様子から、写真でしか知らない昭和22年のカスリン台風を思い出したが、雨量そのものは今回のほうが比較にならないほど降ったようだ。とくに、鬼怒川最上流部に位置する日光市で600㍉という、とてつもない量の雨が降ったことで、利根川に流入する直前の常総市で堤防決壊という事態にもなった。
 宮城の渋井川もおそらく普段はのどかな田園地帯に水を育む小ぶりな川といった川なのではないか。見るからに土手自体はきゃしゃに見える。
 過去に経験のない想像を絶する雨に見舞われると、普段は五穀豊穣の「恵み川」も、あっという間に「暴れ川」に変貌するということを教訓として私たちに教えているかのようだ。

 常総市は決壊地点からは距離のある市役所も水に浸り、指令本部機能の復旧と、それにともなう市民生活と自治体活動の今後が心配される。こうした状況を思うに、防災機能を強化する公共工事は、国や県に依頼するだけでなく、市町村行政の最優先課題にしなければいけないということではないだろうか。
ファイル 552-5.jpgもちろん、国や県もそうした方向に向くように補助金付で市町村の尻を叩かないと、自然災害の悲劇は常に繰り返されることだろう。
 違った視点では、昨今、人口減少問題ばかりが取りざたされるが、それにより住宅が増え、自然の遊水地が減少すれば災害防止に逆行することにもなる。頭の痛い相関関係だ。

ファイル 552-1.jpg 今朝は通学の子どもたちを見送ったあと、市内西側から倉松川に流入する大中落しと中落し流域の低床地を巡回した。浸水戸数は近隣の中でも多かったことから、想像通り、行った各地で後片づけに追われる住民の姿があった。これまでで最高に水が上がったという声をいくつも耳にした。市の対応について、私が怒られる場面もあったが、被害に遭った方たちの気持ちを考えると言葉につまる。一部地区では、すでに異臭を放つ状況にもなっていた。

ファイル 552-2.jpg とくに中落しでは、川崎地区の地蔵橋から幸手駅に至る長い距離で、よしやその他雑草の類が川床いっぱいに茂っており、葉についた泥が異様な匂いの原因となっている。水の流れを妨げ、流れる量も少なくなるという悪影響があるのは間違いなく、背の高い草を定期的に伐採するだけではない対策をすべきだと思う。通りがかりの人にそれについての考えをうかがったが、年に2回程度伐採するだけでは根本的な解決にはならないとの意見が多い。まさにその通りだと思う。安い予算ではないが、底泥を浚渫(しゅんせつ)するべきなのだ。
ファイル 552-4.jpg 市議時代に確認したことがあるが、800メートルほどの浚渫で、およそ2億円かかるということだったと記憶している。善は急げが現代防災対策の基本だと思うと、今のままでいいはずがない!・・・のだが。

No.2647 大雨特別警報発令

2015.09.10

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 18号が日本海に去った後で、ここまでの大雨になろうとは思わなかった。
ファイル 551-3.jpg 今、茨城県常総市の空撮映像が生中継されているが、昨今の自然災害は桁違いの規模で、既存のイメージを切り捨ててかからなければならないということを痛切に感じる。河川決壊は津波の現象を伴うことをまざまざと見せ付けられている。あちこちの家屋から住民が助けを求めている。掲題の発令も間に合わない甚大な災害が目の前で起こっている。昨夜から避難指示が各地で出ていたようだが、こうした堤防流域の住民たちの避難は何故遅れてしまったのだろうか。
ファイル 551-4.jpg 救助ヘリのレスキュー隊による活動も一回に一人。しかし、水上を進んでの救助は不可能な感じだ。外の電柱の脇で佇んだまま手を振っている人もいる。屋根の上で助けを待っているご夫婦らしき二人が見える。決壊した土手の際まで来ている人がいる。防災関係者かどうか。いずれにしてもとても危険だ。

 栃木茨城特別警報の発令は、数十年に一度あるかないかの大雨災害だとテレビの音声がけたたましい。驚くのは、千葉、埼玉以北の北関東から東北にかけての広範囲で、雨雲がほぼ同一ルートを北上していることだ。したがって、常に特定領域が固定的に雨雲に覆われている。こういった天気図もあまり記憶にない。

ファイル 551-1.jpg  埼玉県でも越谷、春日部地区の氾濫が酷いという。幸手では床上浸水が9件あるとテレビで報じている。我が地では、いつものように朝7時に登校パトロールに出かけたが、当地区の子供たちは通学休止となっていた。鷲宮方向を見ると車がはねる水の量が尋常ではない。駅よりの信号地点まで行ってみると信号直前で車が立ち往生していた。付近の方の話では、昨夜11時頃から停められたままだという。10センチほど水位は下がったということだが、今日の予報は一日中雨。手押しででも車をどかさないと考えるも、鍵がないとどうにもならない。
ファイル 551-2.jpg 警察と市役所に連絡するが、市内各所が冠水状態ということで多くは求められる状況ではないと判断せざるを得なかった。管理センターに連絡を入れて車の所有者への連絡を依頼。一定のところで、雨が止んでいたのが幸いしたようで、その後車はレッカー車によって運ばれていったが、車が通ると両脇の家が水をかぶる状態なので、通行止めの立て看板を設置する。

 9時過ぎに帰宅して市のホームページを見ると、この通りを含み8箇所で通行止めとなっているのだが、鷲宮との双方向を行き交う車はいつもと同様かなりの数だった。
 写真は幸手と鷲宮を結ぶメイン通りの午前7時10分頃。12時半に再度確認すると10時50分にこの道路の通行止めは解除されていた。いったい、いつ通行止めの指定があったのだろうか? 9時まではその雰囲気は一切なかったのだ。

 テレビ画面では次々と救助活動が行われている鬼怒川堤防域常総市三坂地区。決壊した水の流れはますます恐怖感を募らせる急な濁流と化している。
 画像に映る家屋全部に人がいたならば、とてもじゃないが空中救助だけでは追いつかないだろう。家の中で恐怖にすくんで助けを求めることも出来ない高齢者がいはしないか?
 電柱1本の元で立っている孤立した住民の周囲はもう湖だ。早くなんとかしないと! その傍の家の2階ベランダにはまだ人がいる!
 幸い、誰もいない家屋は早くから避難をしていたと思われるが、家にいた人たちは避難しなくても大丈夫だと考えていたのだろうか? こうした場面を見るに付け思うことは、災害を軽く見てはいけないという教訓である。そして、自衛隊員の命をかけた活動に深い畏敬の念を持つ次第。
 自衛隊を違憲だとする憲法学者や、暴力装置だと国会発言した仙谷某は、どんな想いでこの場面を見ているだろうか。人命救助と国防活動とは別だなどと都合の良い考え方は通じない。国防活動こそ国と国民を守る最大の人命尊重活動ではないか。

No.2646 信頼損なうパフォーマンス

2015.09.09

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 大型台風18号の到来。今が旬の稲刈り作業が中途な状態で、晴れ間を期待している農家の皆様には、辛い日々が続いている。このままだと実った稲穂から新芽が出て、商品価値が無くなる可能性もあるようだが、18号が去るまでじっと我慢を強いられることになる。
 TPPもニュージーランドの譲らぬ主張なので頓挫したまま。米作や畜産の未来も明るさが見えてこない現状だ。農業頑張れ!

 さて、自民党総裁選が実行された結果、無投票ということになった。なんで野田聖子さんが?と感じる向きは少なくなかったと思う。私は、日本の代表として野田さんが世界の舞台に躍り出る姿を、どうしても思い浮かべることができないでいた。なぜなら、根本的にそれだけの政治的実績が見当たらないことと、信義に劣る人間性を感じるからである。

 後者の理由として思うところは、第一次安倍政権は郵政民営化劇場をもたらした小泉政権から禅譲される形で誕生した。ところが、この小泉民営化劇場に反対して自民党を離れたのは誰あろう野田さん自身である。その後、安倍政権は年金問題などで選挙で大敗し、総理辞任に至る。
 そして、第二次安倍政権誕生とともに、復党していた野田さんは党総務会長の大役を任される。エポックメイキングな政治改革場面で離党の経験を持つ議員が、その後の国政で力を発揮する場などなかなか与えられないのは、政治に限らず組織の掟といったところかと思う・・が、民主党政権時の艱難辛苦を乗り越え、ひたすら充電を続けてきた安倍さんが見事復活し、小泉さんに反旗を翻した野田さんを起用した。これには多方が驚いた。後に触れるが、この点において安倍総理は小泉さんからうとまれる一因を作ったのかもしれない。
 1993年7月初当選組の8期生同期で、女性活用を謳っている安倍さんだからこそ有り得た野田起用だったと思う。

 
 考えてみれば、野田さんは小泉内閣時の1998年7月に郵政大臣を拝命している。それから約15ヶ月その職にあるうち、全国特定郵便局長組織との関係が深くなり、郵政民営化に賛成しにくい立場になっていったことは理解できる。だからといってやっていいことだったかどうか・・・野田さんはこの民営化劇場に離党という形で反旗を翻し小泉さんの憤怒を誘引した。
 もうひとつ、野田さんは小泉政策を痛烈に批判している。当時掲げた少子化対策に対して「100点満点で10点」と公的発言。小泉さんにしてみれば「38歳で大臣に抜擢したのに何をほざくか!」といった怒りのほどがわかる。
 安倍さんと小泉さんの原発をめぐる関係悪化は、この経緯を当時官房長官として見届けていた安倍さんが、あえて野田さんを大臣に起用したことも理由のひとつにあったことは想像に固くない。どこかで安倍さんを懲らしめてやらなければ腹の虫が収まらないと。しかし、それを実行するには世論に支持される材料が必要となる。そこに大震災から派生した原発問題が浮上した。以来、以前の蜜月ぶりが信じられない小泉主導による原発反対言動となっていく。
 今回、安保法案が民営化とは異質の大型劇場化している。その国会審議の真っ最中にたまたま総裁任期の時期が来たわけだが、この場面でまたまた野田さんは総務会長に起用してくれた安倍さんに対抗心を燃やした・・・安倍、小泉、野田の三角関係はそうした位置づけにあるのだ。政治家が成り上がる通り道だとしても、野田さんが、いかに恩義を重んじない人間性であるかがわかる。

 今の国政の悪しき部分は、権力への執着が未だに捨てきれずにいる旧態然の自民党元老による国政攪乱言動が行われていることも一因にある。自民党結党に至る経緯から郵政民営化による党崩壊に至るまでの旧来の自民党政治では、派閥の親分を盛り立てるために、常に若頭格として先頭にたって内紛内戦に大きな役割を持っていた政治家が、今、その出身母体を揺るがしている。
 元自民党籍も含めれば、現実に国の方向性を狂わせたいがごとくの、大物と言われた元老や、居場所に窮して信念なき野性化(野党化)に変節した人物が多い。それらは、現職・元職上げればキリがない。
 野中、古賀、山崎、加藤、亀井、小沢、鳩山、菅、岡田、部分的には小泉、細川もそうした部類に入ることになる。これらに共通するのは安倍憎悪だ。

 そして、古賀氏などは元領袖の肩書きをちらつかせて、野田さんの推薦人確保に暗躍する。双方ともに何を考えているのかだ。活気ある自民党とか、開かれた議論をする自民党だとか理由は綺麗だが、綺麗ではなく綺麗事にしか聞こえない。野田さんが総裁選に出たいのなら、もっと国民に日本の未来を語ればよかった。真摯に自民党総裁になったらこうしたいという夢を具体的に語ることはできたはずである。総裁選に進む前でもそうした自己主張はできないわけではない。安倍総理に対抗する政策論を訴えることは出来たし、安倍憎しのマスコミはひょっとすると、中身論は別にして野田さんの訴えを快く取り上げたかもしれない。しかし、最後までそうした具体論は表に出ることなく、形だけの理由で出馬ありきの姿しか見えてこなかった。

 野田さん出馬にはいろいろな憶測がかまびすかしいが、考えるに、さほど難しいことではなく、野田さんは総裁選に出る資格を得ることで、党内存在感に重みをもたらしたかったのだろうと推測している。その際、ひとつだけ欠けていたことは、自らの過去を振り返らなかったことである。誰かにそそのかされたのかということよりも、野田さん自身に野心と焦りがあったことは否めない。
 自民党には、現在衆参合わせて42名の女性議員がいる。見渡しただけでも閣僚経験者は多いし、知名度、人気で野田さんの上と思われる人も数多い。
 衆議院で言えば、小池、稲田、高市、参議院では丸川、橋本、有村、森、片山、山谷、佐藤、三原といった古参、若手含めてなかなかの布陣となっている。野党とは比較にならない、さすが自民党と感じる切れ者が揃っている。
 野田総務会長と高市政調会長の女性の戦いがマスコミを賑わしたのも、それほど古いことではない。こうした状況に対して、脳裏をよぎる中身が野田さんの場合通常とは異なり、戦闘的な方向性に舵を切るのかもしれない。

 実は、前述の女性議員の多くは政治的に七光りを持たない人たちである。これに比して野田さんは、祖父が元建設省の野田卯一という政治的系譜を有し、あの明治維新の立役者の一人である大村益次郎の縁戚にあたるという。大村益次郎・・・そう、靖国神社参道に巨大な像が立つ、あの大村益次郎である。それにしては、高市さんは閣僚参拝にも堂々と出向くが、野田さんの参拝は聞いた覚えがない。
 ただ、そうした系譜は野田さんのプライドをくすぐると同時に、人一倍上昇志向を強くさせる原因になっているのかもしれない。

 本来であれば、野田さんは勝てぬ挑戦をすることなく、大抜擢してくれた安倍総理をしっかり支える立場を貫けばよかったと思うのだが、基本的に目立ちたがり屋で野心家ということと、先を読む力と良きアドバイザーがいないというのが、今回の総裁選騒動の結論か。
 ちなみに、野田さんが国会議員としてどういった活動方針を示しているか、そのいくつかを上げておくこととする。
■選択性夫婦別姓制度導入・・・賛成
■青少年健全育成基本法案・・・推進
■TPP参加・・・反対
■カジノ法案・・・推進(カジノ推進議員連盟初代会長)
■日韓議員連盟、日華議員懇談会会員
■パチンコチェーンストア協会政治分野アドバイザー
■自民党遊技業振興議員連盟会員
■時代に適した風営法を求める議員連盟会員
■骨髄バンク議員連盟会長
 

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