嬉しいニュースが入りました。私が昨年の12月議会の一般質問で提案した内容が形となって実りました。それが掲題にあげたものです。
昨年の10月31日に市民祭りにぶつける形でオープンした権現堂第2公園の正式な名称が決まったのです。
権現堂ハッピー公園
シンプル・イズ・ベストではありませんか。私が提案したのは、権現堂公園は1から4まであるので、親しみやすい愛称をそれぞれにネーミングするべきではないかと本議会で発言したのです。加えて、ネーミングは小中学校の児童たちから募集すれば郷土愛の醸成につながるのではないかとも。
市が私の提案を受けて全校全児童にこの趣旨を通達したところ、1,197名から応募があったというのです。素晴らしい!
さあ、関係者はどれにしようか迷ったことでしょう。結局、1番多かったのが「権現堂ハッピー公園」だったことから単純にそれに決定したようです。こういうときは単純がいいのです。堅苦しい名前など無意味で、子どもたちが覚えやすく、大好きになるような公園になればいいわけですから。
実は、香日向小が廃校になる時、当時の校長先生に似たような提案をしたことがあります。それは大中落としに架かる橋が5本あるのですが、皆単なる道路としか感じていないようなので、最後の香日向児童たちから橋の名前を募集して、選ばれた名前のボードを作って橋に取り付けて貰えば卒業記念になりますねと提案したのです。いま、そのネーミングが橋に付いてます。残念ながら日頃その名前で呼ぶ方はいない状況でいささか寂しいのですが、子どもたちは決して忘れないはずです。
記事一覧
No.3696 権現堂ハッピー公園
No.3695 虫が好かない!?
鳴き声というのは、聴く側のバイオリズムにもよるが、心理的に不快感を与えるものや心を静めさせてくれるものなど千差万別である。特に、夏と秋にしか聴くことの出来ない虫の音は日頃社会の喧騒にまぎれながら暮らしている私たちにとって一服の清涼剤となる場合が多い。ところが、そうした虫を食するとなると・・・はてさて巷の反応はいかがなものだろうか。
今ネットで、お笑い芸人がそれに対する忌避感をツイートしたところ、河野一郎消費者担当大臣から無言のブロックをされたというのが話題になっている。河野氏と言えば、一昨年の自民党総裁選前後からいきなりブロックという言葉で呼ばれるほど一方的にブロックする政治家として知られている。 今回の場合、虫を食すまでのことを考える前に食品ロスを少なくするなどの対応が先ではないのかといった意見だったそうだが、河野氏にすると異論は意見ではなく反論であり、それをされるのがお好きな方ではないようだ。これには、小泉進次郎議員も擁護する発言をしているが、この二人は中国製太陽光パネルの輸入でも相互理解している神奈川県選出の議員である。
それにしてもコオロギ食は既に徳島などの給食で試食するなど一般利用が試行錯誤されている。もっとも、徳島の場合はこの段階で各種クレームがあったそうだが、この場合のクレームは理解できないではない。なぜ、コオロギが食の対象になる必要があるのかというのは単純な不思議だ。しかもコオロギというのは種の総称でマツムシやケラもコオロギの仲間だ。キリギリスの仲間にはツユムシやクツワムシといった虫がいるが、その多くは鳴き色の豊さで私たちに心地良い夏と秋の夜を奉じてくれる有難い存在だ。しかし・・・それを食すとなるといささかスタートラインに近寄りがたい思いがするのはやむを得ないところだろう。スズムシ?? とてもとても。
私もイナゴの甘露煮は子どもの頃から食べてはいるが、たまーに気が向けば程度で積極的というほどではない。そもそも今は決して安価ではない。ところが、実はコオロギ食は既に私たちの食生活に入り込んでいるという。惣菜などに見られるが、クリケットパウダーという表記はコオロギの粉末だそうだ。場合によってはバッタパウダーという成分表記もある。イナゴは姿そのままだがコオロギはパウダーに変身するようだ。こうなると、前述したように、コオロギ目に属する虫ということで、いったい何という名前の虫だかはわからない。この場合栄養素としての表記ではないと思うが、河野大臣はひょっとするとタンパク源などと発言されているかもしれない。
食文化に虫が入るとなると、心構えを変えなくてはならないと今のところは抑制心が働くが、人はいつの間にか慣らされるもので、当初薬のように感じたコーラが徐々に茶の間に定着してまだ70年足らずなのだから、コオロギ食も結局は慣らされる時期が来るのかもしれない。鳴・ら・さ・れ・る、前に慣・れ・ろの精神を河野大臣は主張するだろう??? どこぞでコオオロギの養殖も進むのだろうか。調べる気持ちが湧きません。
生き物は食に欠かせないものが多々あるが、新たに導入されるとなると、やはり名前が持つイメージを払拭しないと受け入れるのはなかなか難しい。そうまでして主食材が減っていくとも思えないのだ。ナマコやサメは通常食になっているが、アジア広域で見れば、サル、ツバメ、イヌなど・・・・中国ではコロナの原因になったとされるコウモリまでが食文化かと思うとゾッとする。もう30年前ほどのことだが、上海の朝市でヘビを籠網に入れて一匹あたりを計り売りで売っている光景に出くわしたことがある。ゾッとするどころの話ではなかった。キモイ話で申し訳ありませんでした。
虫が好かないとは虫にさえ嫌われるという意味だが、その虫を食するのかー、いやいや、どうにも虫は好かないなー。
と、ここまで書いてふと横井庄一さんや小野田寛郎さんのことを思い出しました。お二人は戦争が続いていると信じ、敵兵に見つからないように密林ジャングルを彷徨しながら、食せると思うものは何でも食べたという。それだけでも尊敬に値する人なのです。トルコ大地震で100時間という限界値を超えて生存されていた人は自らの小水を飲んで救援を待ったそうです。「生きる」為には凄絶な覚悟があるということですね。
No.3694 政治の質どころではない!
NHK党参議院議員だったガーシー議員の除名は当然のことだろう。森羅万象、多くの物事は、賛否いずれかが100%を獲ることはまずない。この除名に際しても、選挙で選ばれたのだから投票した有権者に失礼だとか、オンライン国会を推進すれば問題ないはずなどとの理屈で除名を批判する声がある。はたしてそうだろうか。そもそも、彼の当選は有名人の実態を暴くという内容をネット掲載することで視聴者の関心を呼んだことを材料に、国政選挙特有のブームとなったことが原因ではなかったか。つまり、政治経験も何もない人物が、話題性というだけで国会議員に当選した。しかも本来あるべき選挙活動らしきものはまったくしていないという状況での話だ。とすると、有権者は彼が国にどれほど貢献するかという思考で投票したかどうかだ。如何に有権者個々の想いだとはいえ、国会議員の権利と責任という価値観に量れば、投票率が高くなればいいという感覚も考え物だ。なぜなら、今回のガーシー事件で政治や選挙に真剣な眼差しを向けなくなる人が増える方が問題だ。1票が尊いのではなく、虚しいという空虚な心が芽生える可能性が無くはない。
更に問題なのは、左派系組織政党にすればそこに付け入る隙があるということだろう。国守安倍晋三政治に想いを寄せていた若者が多くいたことが、ご本人が亡くなったことで知るところとなったが、今回の高市大臣の政治的狙い撃ちは、予算成立で与野党手打ちとなったが、相も変わらず保守打倒に加担するメディアもあるなど、その現状は民主主義を根幹から揺るがすものだ。事はいったん治まればなかったかように冷めるが、実際は今回の手打ちは高市大臣再任命はないという条件付き密約があったかもしれないと思うと、国民は常に脇に置かれている感じか。10年近い前の電話での対談内容を国会に持ち込むなど言語道断で、いったこの議員は何のために国会議員になり、1億近い歳費総額を得ているのか。国民だましもいい加減いせい!ということだ。
話を戻して・・・旧NHK党の立花党首の迷走も精神異常かと思わせるほど目まぐるしい。秩父の女性市議や、NHK党から政治家女子48党に名を変えて党首に指名した女性議員とまたまたギクシャクやり合っている。秩父市議によると、彼の真の狙いは政党交付金だと指摘している。
あらためて物申すと。政治の質の低下は政治や政治家だけの問題ではない。メディアにも有権者にもあるということではないだろうか。
No.3693 桜堤が泣いている!
前号を書いて6時間後、目覚めたら雨。まさか梅雨入りしたわけではないと思いますが、桜の満開に合わせて雨模様が続いてます。どこぞで雨乞いしてるはずもなく、ただただ空が不機嫌なのかと感じますが、なにも3年ぶりの桜祭りに合わせることもなかろうにですよね。
先日の土日は丸々雨にたたられてしまいました。それでも、雨の無かった昨日、市内道路の混雑具合は相当だったようです。
ところで、雨をモチーフにした楽曲は数多くありますが、自分はカスケーズというグループが大ヒットさせた「悲しき雨音」が真っ先に浮かぶんです。降る雨のリズムに耳を傾けると・・・というイントロから始まる歌詞は、結局は失恋に結び付く寂しい歌にもかかわらず、軽快な4拍子が心に弾む曲です。
天気に合わせて選曲してくれるラジオからはこの曲がよくかかります。60年も前の曲が聴けるのも雨がもたらす小さな喜びといったところでしょうか。
それにしても桜を青空の下で愛でたいというのは万民の想いでしょう。天候の回復を願わずにはいられません。権現堂桜堤が泣いています。
さて、今日は選挙立候補にあたっての第一次書類審査日です。候補者ごとに割り当てられた日程に合わせてのことですが、自分は本日午前9時が指定されています。すでに8時半を過ぎています。それでは!
No.3692 スポーツ大国ニッポン
思いもかけず、たくさんの方から金婚式のお祝いメールをいただきました。感謝申し上げます。とは言え、勝手に私事を書き込んだことへのお気持ちと考えますと、まるでせかしたかのごときで、申し訳ありませんでした。何はともあれ、二人揃ってここまで大病無く健康で来られたことが一番です。ありがとうございました。
さて本題に! 宇野・坂本世界戦ダブル連覇! 次から次へと新世代が登場するアイススケートに限らず、スピードスケート、スキージャンプなど金メダルには喜びこそあれ驚くことが無くなったほど世界で躍動する選手たちがいる。名前がよくわからないがスノーボードのような板に滑車のついたローラーボードで、まるでサーカスのような曲技スポーツも10代の選手が世界のトップグループにいる。
サッカーこそベスト16に終わったがドイツ、スペインを蹴り負かし夢を与えてくれたことは間違いない。今やラグビーもバスケットボールもリーグ戦が実施されるようになり、BS放映がされるようになり幅広くスポーツを楽しめるようになった。ゴルフ、バトミントン等々、ありとあらゆるスポーツに日本選手の存在があることは、子どもたちにとっても大変意義のあることではないかと思う。
その要因が豊かさとグローバル化のせいかどうかはわからいなが、自分史を紐解いてみても、当時出来るスポーツはある程度限られていた。そもそも、水泳一つとってみても、まったく夏に限られたスポーツだったのだ。屋内水泳場もスイミングスクールもまだ見ぬ存在だったのだから。
WBCでの侍ジャパン優勝は大きな感動をもたらしてくれたが、子どもの頃の印象は、中南米諸国の実情を知らないこともあったが、アメリカと日本だけしか行われていないと思っていた。ところが、アジアはもとよりヨーロッパでも国によってはリーグ戦があるというのだから驚く。チェコの選手の純粋かつ情熱あふれるプレーは、また別の意味で楽しめた。どんどん強くなるだろうし、またそうなって欲しい。
スポーツは種目別ではあるけれど、間違いなく世界を一つにする要素を持っている。だからオリンピックは総合スポーツイベントとしてその頂点にあるということを改めて感じている。
実は日本の国技とされる大相撲はかなり前からグローバリズムが取り入れられているわけで、日本人と外国人力士の取組みだとどうしても応援する方は限定される傾向にあるのだが、最近はそうでもないことに気がつく。好みの問題だのだろうが、玉鷲や古くは高見山、琴欧州といった外国人力士は応援したくなる雰囲気風情を持っていたと思う。いや、あくまでも個人的感覚ですが。
そんなわけで、サッカー、ラグビーは既にたけなわ。30日から野球が始まります。胸躍るシーズンが間もなく開幕です。楽しみだなー。
と思っているところに、ジャイアンツ原監督が、開幕投手にビーディーという初来日の投手を起用すると発表。当たり前のように菅野に託すだろうと考えていたので、またまた原采配に・・・やれやれ。おやすみなさい。
No.3691 WBC優勝と50年の節目
一夜明けて、24時間前の侍ジャパン優勝の熱が冷めることがありません。3年ほど前から日本のプロ野球に対して迫力の違いを感じてじっくり観戦する忍耐力が失せつつあるところでしたが、少し状況が変わる気がしています。なぜなら、今回のWBCで、MLBに通用する名脇役として活躍した選手が多かったからです。
ほとんどすべての選手に言えることですが、メジャーの選手に引けをとらない選手たちばかりでした。我が家の山の神が、近藤、源田、山川さらには宇田川とか周東といった選手の名前と顔が一致するようになったり、ゲッツーという言葉が理解できるようになったのですからWBCの効果は広く波及しているのは間違いないところでしょうし驚くばかりです。その多くは巨人の選手ではないところが特徴的です。それだけ野球というスポーツに対する認識がメジャーになったということでしょう。タッチアップというワードがわかるようになれば観戦上達者の免許皆伝の域に達するのですが、まあそこまでは??
サッカーワールドカップでもそうでしたが、スポーツにおける世界の祭典というのは、その期間中だけにせよ世界を一つにする効果があるんですね。
人生振り返ると、小学生の時に長島茂雄さんというスーパースターの出現で野球に魅了されてから65年、その後あまたの名選手によって存分に野球を楽しませて貰いましたが、この歳にして大谷祥平という類まれなベ-スボールプレイヤーに巡り合えるとは…これ以上の喜びと満足はありません。個人的な思いですが、大谷選手にはホームラン王と最多勝利投手の2大冠を同年獲得してもらいたいと願っています。夢をかたちに!
ところで、もうひとつ人生を振り返らせてください。
WBCの余熱が残る中、50年かかって野球への理解を少し膨らませてくれた山の神とは、昭和48年3月23日に東京九段で式を挙げて以来、本日が50年の節目となりました。
思い起こせば、この間波乱万丈の人生でした。とは言え、政治の世界に入ってからの20年はいろいろな政争場面に出くわしましたが波乱とは感じていません。県議時代は別にして、市議会では常に少数側にいることとなり、論じる内容は多数派の数に講じた運営に問題追及する場面も多々ありましたが、それはこの世界では当たり前のことだと理解しています。損得勘定で多数派工作に策を弄することが出来ないもので、我ながら向いてないのかもしれないと感じるところもありますが、いや、それでいい!という自分もいるのです。家内もそんな私を見ていて自分の思うように生きればいいと思ってくれているだろうと勝手に思っています。いや、政治家になるまでの社会人人生の方が家内にとってみればハラハラドキドキの連続だったのだろうと。だから政治家になってからの20年には、今更確認するのもなんですが、広く深く出来た「きずな」に納得するように気遣ってくれているのかもしれません。
とにかく、子育てからなにから任せっぱなしで会社人間として没頭していた自分についてきてくれたというか、見守ってくれたことに心から感謝をしているのですが、これが伝わらないのがなんとも歯がゆいところです。
間もなくやってくる(もうきてる?)終活生活に向けて、これからも仲良く?共に白髪の生えるまで(もう白髪ですが)楽しく暮らしていきたいと思います。今すぐは無理ですが、年内には2泊3日くらいの旅には行きたいなあと思っています。行き先ですか? やっぱり温泉でしょう。
ということで、これほど私事を語るブログは初めてですが、ブログも我がエッセイとご理解いただければ幸甚です。