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No.2778 さあ、夏休み

2016.07.20

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 深夜、かなりの雨が降ったが昼間の熱気に覆われた道路が乾きを早めているようで、7時に外に出たものの雨の跡をあまり感じさせない。

 子どもたちはいつも通り元気に通学しており、「明日から夏休みだね、9月まで会えないけど楽しい夏休みになればいいな」と声をかけると意外な返事が・・・。
「えっ、そっかー明日から夏休みかー」これ、1年生の返事。案外に無頓着な一面があることがわかる。まだ、小学校のカレンダーの流れが理解できていないのかもしれない。

  それにしても、4月からの4ヶ月で背丈がえらく伸びた子もいて、成長の度合いには目が細くなる。ほぼ平日の毎朝見てるので、日頃はさして感じないことでも、突然、自分の胸ほどまで背が伸びてると感じる時がある。
 子どもたちの屈託の無さに癒される日々から1ヶ月ちょっと離れるが、9月にはどれだけ生意気になっているやら楽しみにしよう!
 宿題ちゃんとやるんだぞ。水遊びは気をつけろよ!

No.2777 都知事選挙のわかりやすい分岐点

2016.07.19

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 政治不信が原因の度重なる東京都知事選。前回はたしか季節的には寒い時期だったと思うが、辞任の関係で暑いさなかに行われる。陽気だけでもうんざりといったところだが、48億円もの巨額を要すると聞くと、ため息が漏れる感もあり、しっかり対応しなければと・・・いやいや私には投票権はないのだが、そう感じてしまう都知事選である。

 21人もの立候補者が届けられる大選挙戦かと思えば、実際の報道はほとんど3候補に絞られ、ネットで在特会の桜井候補の演説姿が見られる程度である。
桜井氏の言ってることはそれなりに理解できる部分もある。つまり、総連や民団を非課税特権対象としている政府は甘い。ゆえに都知事になったらしっかり課税する。公約は7つあるとか言うのだが、主にそういった話が中心である。しかし、演説途中で必ずその筋からの野次が飛ぶ。すると彼は、その野次屋に向かって、今議論するからと言って宣車の屋根から路上に降りる。野次屋は言うだけ言って、そそくさと逃げに入る。その一連での彼のド迫力の憤りぶりがなかなかなのだ。私も野次馬的に見入っているということか。

 さて、今回の都知事選。私は究極の選択だと感じている。
まず、鳥越氏。東アジアにおける日本の立場、役割、中国、北朝鮮の驚異などまったく理解できていない。この人が当選すると東京は第二の沖縄化に向かうであろうし、すでに彼自身は第二の翁長と言ってもいい状況である。
 政権批判は個人の自由だが、都政を国政と同一視することは都民無視にも近い。沖縄には、政権と対峙する社会事情があるので政権批判が選挙に絡むのはやむを得ない。東京は首都東京として国政と協調するのならわかるが、対決姿勢を剥き出しにする必要はない。
 そんな思いの知事では職員を統制することも難しいし、職員が育たなくなる。

 13兆8千億円という巨大予算を抱える1200万人都市の隅々まで行き届く政治を舵取りするにあたって、安倍政権への敵対心で立候補するというのはいかがなものか。そのあたりの反発と批判を受けて、最近はトーンを下げてはいるが、民共連合に社民、生活、さらにはシールズの応援までとなると、なにやらイデオロギー選挙と化している。事前の段階で私は話が都知事選に及ぶと、宇都宮氏は公示日までに絶対辞退すると言っていたが、その通りになった。

 健康面ではガンに立ち向かう自らの手術キャップを被った姿がマスコミを騒がし、それにより知名度が増した経緯もある。それが激務職の都知事立候補では無責任という一面も感じないではない。本当に4年(本人は8年と言うが)の任期をまともに勤められるだろうか。職務・職制を理解せずしての立候補であるのは間違いない。
 当選の折に、ブラジル行きはファーストクラス、登庁は週に2度などということになってはと考えさせられる。前者は許せても後者は考えさせられる。なにせ、素人候補は間違いないので、政治というよりは行政をしっかり勉強してもらわねばならない。

 次に増田寛也候補。職制的には経験と資質の面で一番手だと思うが、この候補が持つリスキーな点は、外国人参政権容認論者だということである。自公とならび日本の心を大切にする党が推薦を出しているが、ご存知の通り、中山議員は拉致問題解決に向けて活動する国会議員の代表的存在の方である。おそらく増田氏の思考について、条件提示しての推薦になっていることと推測するが、はたして増田氏の本心はいかに。この問題小さくはないと思っている。鳥越氏については10年日本に住んだら誰にでも選挙権を付与するべきだという自論を持っている方なのでどうにもならない。アナウンサーやキャスターにこういったリベラルな方が多いと、電波メディアが偏向報道になるのもわかるというものである。
 増田氏は候補と噂されてからの、のらりくらりの発言がどうにも歯がゆい。後出しを意識したのかどうか・・・当初、噂に登った際は出馬はない!と言い切っていたのだから政治は本当に一寸先は闇だ。
 

 最後に小池百合子候補。この方は昔から感じていたが強気な方だ。石原伸晃都連会長に推薦願いを兼ねて会談した翌日に推薦願いを取り消して立候補宣言して国民目線を惹きつけるという驚かせ作戦に出た。石原氏も増田候補を描く過程でしまりのない話をしていたのも原因で、小池氏は石原氏を見限る決断をしたのだろう。待っても推薦は出ないのははっきりしていたのだから。
 その決断は素早く、政治家に必要なものを備えていると感じさせてくれるのだが・・・やはり強気な方だ。
 当選後の議会冒頭で議会解散するなどと、なかなか言えるものではない。

 何度かお会いもしているが、高貴な方である。これは自らがそう思っているという意味である。下から目線で言葉を発しても、心は上から目線の方だと。
 その時折に合わせた政局もしくは政治家につくというのもしたたかな面を感じさせる。人間関係の絆をいとも簡単に切るタイプに私は寛容性を持ち合わせていない。
 しかし、議員と違い知事職は本来であれば組織や特定の政治家とつるむ必要はないが、議会を敵に回すと、第二の埼玉県に・・・多数派与党と知事との政争に近いネジレはあまり歓迎できるものではない。
 上田知事が、昨年の県議選で自らがサポートする選挙用会派「選択」を設けた行為などは行き過ぎた結果で、その後も知事は参議院選で民進党参議院候補との2連3連のポスターやノボリに顔を出している。当然、最大会派の自民党県議団との友好領域外にある。そこまでやってはいけないという思いに及ばない強気な人なのだろう。小池氏が当選すると議会は修羅場と化すやもしれぬ。それはそれで仕方がないと当初割り切ってもどこまで続くぬかるみぞになると、結局は都民不在にならないとも限らない。

 というわけで、冒頭の通り、私の感想は究極の選択に近いのである。
 鳥越氏ははなから対象外なので、増田氏と小池氏の比較で言うなら、この知事選に限り、個々に感じるマイナス面で、ひとまず譲歩出来るのは小池百合子候補かなとは思うが、どうしてもという人がいない場合は白票も選挙参加の在り方のひとつではある。・・・・いやいや、あくまでも都民であったならの話です。
 政策論争が抽象的に過ぎる感じの都知事選。とにかく、癒着や利権構造、公金の私的流用といった政治とカネの良からぬ騒動に無縁の方になってもらいたいと思う。これは最低条件だ。

No.2776 参議院選 地元では・・・

2016.07.14

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 ジメジメ蒸し暑い陽気。
 過ごしにくさでは群を抜く今時ゆえ体調管理もぬかりなくといった感じか。

 さて、前回の参議院選分析に続いて、今回は地元幸手市の投票状況から特徴的な部分を紐解いてみようかと。

 候補者別獲得票数を前回25年の参議院選との比較でみると

自民党・・・古川俊治 8530  関口昌一 6951
公明党・・・矢倉克夫 5227  西田実仁 5708
民進党・・・民主みんな社民  大野元裕 4200
共産党・・・伊藤 岳 2055  伊藤 岳 2924

 まずは自公協力体制が定着してきた上に、今回は戦前の混迷具合もあって幾分強化されたことが伺える。
 これは、昨年4月の市議選で公明党の2候補合わせて3417票という結果であったことも踏まえ、3年前の矢倉氏も今回の西田氏も5千票台を得ていることとの関連において自公協力の推進が読み取れるのではないだろうか。

 25年次には民進党は民主党で2千票台、他にみんなの党が3千票台、社民党が500強を獲得しており、それらを合算すると6000票を超えていた。したがって、民進党と共産党候補それぞれに票が分散されたのが野党側の実態と見られる。
 自民公明の合計票数が約1100票減っているのは、おおさか維新、こころなどに流れた票数が原因とみられ、自民候補が安定との予測から保守系とくに憲法改正推進派陣営に票が分散されたと思われる。
 

 投票率の観点から、特徴的投票所として常に注目される我が地元の投票所(コミュニティーセンター)を市全体との比較で考察してみる。

28年参議院選 市全体 51.05  コミセン 68.76
27年市長選    〃 44.61    〃 54.91
27年知事選    〃 28.41    〃 44.70
27年市議選    〃 50.51    〃 61.17
27年県議選    〃 44.88    〃 60.25
26年衆議院選   〃 53.35    〃 67.96  
25年参議院選   〃 51.10    〃 67.19

 こういった結果になっており、我が街の選挙への関心度は国政選挙に対して比較的高いということがわかる。
 街のトップを選ぶ市長選は、私自身が審判を受けた県議選もしくは市議選より低かったことがわかる。今こうして改めて数字をみると意外な感じではある。
 これは、一般的に有権者はテレビ・新聞といったメディアを通して興味をそそられるものと考えられ、天下国家論を耳にし、語り、投票所に出向くという行動スタイルが必然的に出来上がっているものと思われる。つまりは、情報量の差もこのような状況に影響しているのだろう。

 私も、若い時から国政に関心が高く・・・とは言っても政治家への道にはまったく志がなかったが、今いろいろな経験をしてきた中で、やはり天下国家論を自分のブログで書くことが多くなっている。意図しているわけではなく自然の成り行きなのだが、これに物足りなさを感じ、幸手市政に拘わる記載を期待する方もいるようだ。
 不思議なもので、地元政治より国政を題材にしている方が、なんとなくスムーズに気持ちが向くし、複雑な感覚もないのだが、バランスを考慮する必要もあるとは思っている。

 我が家を含む大型住宅地1180世帯を対象としたコミセン投票所の投票率の高さは特筆すべきものがあるが、それも国政選挙でとくに顕著に示される。この現象から考えて、私自身が国政をブログの題材に選ぶ確率が高い傾向に妙に納得している。
 いやはや、今回はなんとなくとりとめのない内容でした。ではまた。

No.2775 参議院選から

2016.07.12

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 終盤、猛暑の戦いが繰り広げられた参議院選挙。
 政権与党が憲法改正を避ける形でアベノミクス継続を訴えた選挙戦だったが、終わってみれば、ほとんどのメディアが憲法改正への今後の影響を選挙結果にかけて報道している。

 実は、私も憲法改正の方向性にかかわる位置づけとして、この選挙をみていたし、自民党員としての考えに基づいた活動もしていたので、その意味からはひとまずほっとしている。
 ただ、数合わせの論理は理解するものの、結果を具体的に分析すると、有権者意識というものをあらためて考えさせられる選挙だったのではないだろうか。地域性がこれほど強いのかとも感じたし・・・。埼玉県については良かったと思っているが他では・・・。

 ところで、民共野合による立憲主義論や平和憲法論、戦争出来る国論にのってガードを固くする国民が想像以上に多いことを感じさせる選挙であった。なぜなら、与党が3分の2に届こうが届くまいが、究極の民主主義制度である国民投票というフィルターに掛けられるという感覚を持たない国民が半分近くいると思えなくもない。 

 もちろん、住民投票の危険性はイギリスを例にとるまでもないが、イギリスの結果は言ってみれば、時の政府が志向する方向と逆に出たことを考えれば、万が一、3分の2の国会発議が成立して国民投票になった場合でも、そこで反対が多ければ自民党結党以来の悲願である憲法改正は霧の彼方に消え去ることになる。
 
 国民投票は、通常選挙以上に、各政党が燃え滾り国民感情を煽る戦いとなることは間違いない。政治家が口にする内容から、真実と虚言をいかに見抜かが大きく左右する、まさに有権者の正念場と言っても差し支えない。もっとも、3分の2決議すらも許さないという感覚で、議論のテーブルに乗ることさえ応じないという論理は国会議員としていかがなものかと思う。
 どちらにしても、決議段階では議論が足りないとかで、また委員長席が暴力紛争エリアになることであろう。
 しかし、拙速な集結への道は与党も避ける必要があるが、その線引きは難しい。半年、1年経過しても野党の議論不足論は議会の常であるから。

 話は地域性に戻るが、北海道、東北での自民党の弱さはわずかな差もあるにはあったが、結果論として今後への不安がよぎる。とくに東日本被災地3県は野党連合を選択したことに総体結果とは別に驚ろくものがあった。地震発生時は民主党、その1年半後には自公政権の復活という政治変化の中で、今の政治ありきは自民党ではないという選択を被災地がしたと理解すべきなのか・・・・? 

 あれだけ自衛隊の力に感謝した(と思っていた)被災地域ゆえに、自衛隊は人を殺す予算とのたもうた側に結果をもたらすとは思っていなかった。
 最も、岩手県はまったく別の力が働く県であり、福島は原発に関わる問題が尾を引いていると理解出来るが、それにしてもである。
 

 北陸の結果は票数自体に自民安定を感じさせたが、東北との違いが浮き彫りになった。農業に関わり、NPPがどのように影響したのかも分析が必要となるはずだ。

 長野の杉尾氏、東京の朝日氏など、有権者は有名人に弱いという面も若干残った。とくに杉尾氏はまったく長野に縁のない東京キー局のアナウンサーで、いわば落下傘候補だったにもかかわらずだった。
 そう言えば、ニュースキャスタ、アナウンサーという人種にリベラル、反体制の方が多いのはどうしてなのか。もちろん、保守系政党にも小池百合子さんなどいるにはいるが、今回も杉尾氏をはじめ、神奈川の真山氏、落選したものの愛媛の永江氏、そして鹿児島県知事に当選した三反園氏などといる。今回、杉尾氏のキャスター時代のイメージとは異なる演説を聴くと報道内容が偏るのもやむを得ないかと感じた次第。秘密保護法制定も関係しているのか?

 青山繁晴氏の当選については、異色の候補者という見方がされていたが、大いに納得はしているもののもったいないという感想も残る。そもそも議会というのは、あのような雄弁論者が言いたいこと、言うべきことをすべて発言できるということにはなっていない。櫻井よし子さんとともに、外にあって、国家論を語って欲しい方だと思っているから、出馬自体に驚いたほどだ。

 小沢ガールズが新潟と比例で復活したのも意外だった。有権者の心は、選挙を経験した自分ではあるが、いまだによめない、理解できないというのが正直な感想である。
 沖縄もますます地域全体が左傾特化していくようだ。しかし、これが沖縄の民意だと言っても、すぐには納得するわけにもいくまいに・・・。
 

 さあ、いつでも選挙後は同じことだが、また政治の正念場がやってくる。まずは経済待ったなし❗️国民も待ったなしだ!

No.2774 終盤逆転を画策する恣意的見出し

2016.07.06

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 「改憲勢力が3分の2の勢い」「自民だけで過半数超えか!」
 こういった新聞一面に護憲支持者は驚き、焦燥感から投票に行かねば心理を駆り立てられる。

 例えば、夕刊紙を売る駅売店で、しばし夕刊フジと日刊ゲンダイの一面見出しの張り紙に目をやるという経験は、大方のサラリーマンにあるはず。私も例外ではなかったが、あまり強烈な表現で批判しているものには手が出なかった。
 ゲンダイはどんな対象にも体制を痛烈に批判する報道姿勢なので、興味はそそるものの憎悪感むき出しの内容を好きにはなれなかった。
そういう意味では、どちらかと言うとフジを購入する確率がほとんどだったが、販売キャッチコピーは人の心をくすぐることは間違いない。

 しかし、もはや反自民、反政権志向をオブラートに包むことも無くなった朝日、毎日、東京などの各紙は、言論の自由、報道の自由よろしく有権者の判官びいきを駆り立てる表現に終始する。
 「改憲に反対の皆さん、今のままだとまずいことになりますよ。憲法改正が現実のものになってしまいますよ。戦争をする国に突き進むことになっていいのですか」と、いかにも自陣が不利だと言わんばかりの裏心理を大見出しに載せる。これにより、場合によっては乗り換える有権者が出ないとも限らない。

 不利という意味合いの大見出しによって、有権者の心理は揺れ動くものだ。逆に言えば、民共野合支持者のみならず無党派層に訴えかける偏向報道そのものと言えなくもない。

 嘘に近い大げさな数値や、推測を見聞きした有権者は、終盤有利とされた側とは逆の側に1票を投じた。結果は大きな後悔に至った最近の例・・・イギリスである。

 離脱派のリーダーだった二人の大物政治家が、離脱後の国の舵取り役を回避するという情けない行動を示したが、これほど無責任な政治家にあやつられて国家の行く末を大きく左右する投票選択をした有権者たちも悲劇だが、責任の一端は有権者にもある。
 政治家としての矜持があるとは思えないジョンソン、ファラージュ両議員はともに52歳。まだ、引退する年齢でもないし、国を二分する国民投票の立役者だったはずが、難しい離脱処理と国家運営に恐れをなしたかのように・・・ファラージュ氏は労働党党首をも辞任してしまったのだ。

 話がそれたが、表現巧みなマスコミにのせられないように。確固たる信念に基づいて自公か民共かの選択をしようではありませんか。
 私が好きな言葉「反面教師」イギリスを追従するなかれ!

No.2773 私事雑感

2016.07.03

 このまま雨なし梅雨で終わってしまうのでしょうか? まさか、それはないと思いますがね。
 まだ、節水の影響を感じるほどには水道の勢いに変化は見られませんが、これから先、どうなるものかと思います。

 これから先、どうなるものかは幸手市や杉戸町に関係する自治行政も同じことが言えるかもしれません。地元県会議員のとった行動が理解できないという驚きと怒りの反応が、私のところに多方面からあります。
 このあたりは、近々じっくり私の考えを示したいと思っています。

 さて、今日7月3日は平成22年7月7日に逝った我が母の七回忌法要の日。
 母が眠るのは、幸手市惣新田にある正福院。市議時代の会派同僚の吉良英光さんが住職を務めるお寺で、副住職が、息子さんの吉良英敏県議さんです。
 三回忌の時も副住職が対応しましたが、今日もそうでした。 
 ということで、私と吉良さん親子は寺院とその檀家という関係にあります。

 この状況に、えっ?と思われる方もいると思いますが、世の中の人間模様とはまさに時系列での交流が為せる技といいますか、いろいろあるものですねー。
 ともあれ、母が黄泉から笑顔で見守ってくれていると思いますので、母に心配かけないように、法要等落ち着くまでは私の周囲で起きている世間の出来事には、黙って忍ということにしたいと考えているものです。
 

 ここしばらく、アクセスが若干増え気味なのは、私が何か書くのではないかと思っている方が多いからではないかと感じています。私自身、政治家のはしくれとして思うことを表明するいい機会かなとは感じてますので、いずれとは思っていますが・・・
 前述のように、母の法要が済んでしばらく経ってからと思っています。選挙さなかでもありますしね。
 とうことで、なにとぞご理解のほどお願いいたします。

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