記事一覧

No.2954 健康十訓

2018.01.08

アイコン

 乾燥した空気に体調を壊す方が多いようです。ようやく新年初のお湿りがありましたが、明日はまた冬晴れになるようです。

 先のブログに皆様からの反応をいただきなにより嬉しく感じました。ありがとうございました。
 相方に先立たれた友人を見るにしのびなかった6日の通夜。クシャクシャに赤らんだ表情に加え、背を丸くし肩を落とした彼は会葬者に頭を垂れるのがやっとといった感じでした。すい臓がんということですが胃からの転移が10年近くの歳月をかけてすい臓を襲ったといいます。さぞや痛く辛かったことだろうと言うと、痛みを感じない治療を本人が強くお願いし、家族にはすい臓転移を隠し通して知ったのは亡くなる3か月前だったとか。最後は食べ物を受け付ける状態ではなかったことから故人が望んだ帰宅が許されず、目を覚ました時「なんで家じゃないの!」とか細い声で怒られたとか・・・その日の夜半に息を引き取ったということでした。祭壇の遺影がふくよかなお顔だったことが会葬者の悲しみを多くさせていたように思えました。
 年賀状でも健康にふれることが当たり前のようですが、ここでご存知の方がいらっしゃるかとは思いますが、健康十訓によりあらためて健康を考えてみたいと思います。

一、少肉多菜・・・お肉ほどほど野菜もりもり
二、少塩多酢・・・塩分は高血圧の元、酢は胃腸元気の元
三、少果多水・・・ジュースより水を飲め
四、少食多噛・・・腹八分目でよく噛むことは肥満防止
五、少衣多浴・・・薄着で風呂好きは頑強な身体を作る
六、少言多行・・・口よりフットワーク
七、少欲多施・・・欲望をおさえ目を広く感受性豊かに
八、少憂多眠・・・くよくよするなら寝るがよい
九、少車多歩・・・健康への近道は車より徒歩
十、少憤多笑・・・腹の立つことがあってもニコニコと

 この健康十訓は心身の健康を広い角度から唱えたものですが、三については少糖多果が本来のものですが、私は少果多水に代えてみました。よろしければ健康維持の参考として自らを戒めて頂ければ幸いです。

No.2953 冷たい風と身にしみる知らせ

2018.01.03

 日陰に高さ5cmはあろうかと思われる霜がとけずに残り、強めの風が体感温度をさらに低く感じさせる。今年の冬は半端なくしばれる。

 明けましておめでとうございます。時は停まることなく年をまたぎ三が日を早くも終わろうとしています。皆さん、どういった平成30年を迎えておられるでしょうか。
 昨夕、見慣れない携帯番号表示で電話が鳴った。出ると10年近く会っていない学生時代の友だった。
「おう、○○か! なんだよお前、今度俺が連絡係やるって言うから任せたのに無しのつぶてで。昨日年賀状届いてるけどどうしたんだ?」
 当時、毎日のように顔を合わせていた七人、いわゆるポン友の一人だが、連れ合いの訃報を語る声は聞き慣れた声とはあきらかに違っていた。学生時代に文化祭の行き交いで交際が発展した夫婦だったが、我々仲間もよく知る奥さんが亡くなったことを語る彼の申し訳なさそうな声に思わずこちらの声が大きくなった。
「新年早々悪いな、こんな電話で」
「えーーーいつよー?」
「大晦日の夜10時半だったかな」
 しばし、返す言葉が浮かばなかった。こうした場合、月並みの言葉を発することが出来ない性分である。表情がわからない遠くの友とのやりとりほど難しいものはない。亡くなった原因すら確認することが出来ない。言葉のイントネーションが重要な意味を持つし、下手な枕言葉で気落ちしている相手がどう感じるだろうかと思ってしまうたちである。
「お前たちにかみさんの最後の顔を見てやってもらいたいと思ってさ。6日か7日のどっちか空いてるか?」
「空いてるもなにも空けるさ。他の連中には連絡したのか?」
 こんなやりとりで彼の話をひとまず聞いて、詳細をFAXしてもらうことになった。電話番号の確認で何度も聞き直し、そのたびに悪いなーと繰り返す友の動転が痛いほど伝わってきて漸く場的な言葉が出た。
「気落ちするなと言う方が無理だけどしっかりせんとお前らしくないぞ。これから先が大変なんだからな」
「わかってるよ。すまんなー」

 明けて今日3日、引退の身には届く花も多くはないだろうから少しでも祭壇が映えればと考え、仲間で祭壇の供花をどうか思うんだがどうかと連絡した。
「いやーそれは嬉しいな。かみさんも喜ぶよ」その言葉を聞いて仲間に連絡した。どいつも一声で「そりゃいいなー。頼むよ」的返答だった。それって意外と考えつかないことだよと言う友もいた。温かい仲間たちとの学生時代を思い出しつつこういったことで友との再会が実現することに複雑な感覚がしてならなかった。
 今日は一日冷たい風が吹きまくっていた。我が頭もこの電話を受けてからいろいろなことがグルグルと浮かび、箱根駅伝も落ち着いて見ていない感じだった。実際に目がしょぼしょぼして何度も冷水で顔を洗った。
 66歳の若さで旅立った妻を送る気持ち・・・想像がつかない。親孝行も家内孝行も出来るうちにとよく言うがすでに前者はいない。出来るならばピンピンコロリで先に逝きたいが、ならばその前に平成後半えらく苦労をかけた・・・と考えるのがやっとの正月。想えば我々夫婦もあと5年でゴールド婚か、人生いよいよそんな領域に足を踏み入れたのかと感じた友の伴侶訃報の知らせだった。

No.2952 心安まる社会になることを願って!

2017.12.31

アイコン

 いよいよ残すところ6時間、2時間後には紅白歌合戦が始まる2017年最後の時を迎えています。来年は平成30年となるわけですが、こうして考えると当時の小渕幹事長が平成の元号を紹介したのがつい先日のように感じなくもありません。国、埼玉県、幸手市にとってどんな平成30年になるのやら・・・そしてその翌年には天皇陛下の退位という大きな行事があり、その翌年はオリンピック年です。不穏と不安な空気が漂い続ける外交防衛の問題がどのように進展するのかも目が離せない状況です。安倍自公政権も外交分野ではしっかりやってくれていると思いますが、対露中韓との付き合い方および北の脅威への対応は正念場です。国内経済と教育問題も、そしてなにより憲法改正の実現に向けて政治がどう動くか。課題に事欠かない日本ですが、軌道を外れないように見つめたいと思います。

 平成後半の約17年は私にとっても人生の大きねうねりを感じる期間でした。まだまだ気持も身体も衰えたという実感はありません・・・いや、すみません少しありますかね・・・ともあれ地域の高齢化と人口減少対策は待った無しの中、出来る限り自治行政のあり方について更なる研鑽を積みたいと考えていますのでよろしくお付き合いのほどお願いいたします。
 さしあたって、ブログは3,000号到達までおよそ半年ほどとなりましたが、ひたすらに、のんびりとアクセクせずに頑張りますので相変わりませぬアクセスをよろしくお願いいたします。
 
 それでは皆様、良いお年をお迎えください!

No.2951 大相撲の未来に想う

2017.12.29

アイコン

 大相撲がスポーツかどうかは議論の別れるところだが、スポーツニュースのひとつになっているのは確かである。ところが、今やスポーツニュースどころか、すべての報道番組のみならずワイドショーでも格好の材料として2ヶ月間君臨している。国の最大のニュースであるかのごとくに。
 きょうの危機管理委員長の貴乃花親方にたいする発言を聞いていてオヤ?と思った。「警察に行く前に警察に行くことについて報告がなかった」この発言の裏を考えれば「もしも報告があったら警察に行くと騒動になるから行くな」という答えが透けて見える。その場合、もしも警察に言ったら貴乃花親方は重大な指示遂行義務違反として懲罰の対象になるはずである。随分と協会論理はむしがいい。
 モンゴル相撲にいいように国技を牛耳られて、伝統歴史をないがしろにされているという声もあるが、一部それは認めたにせよ、15歳前後から食う寝る稽古の一日人生しか送っていない力士が運営する団体に近代的経営感覚が反映されているとは思えない。相撲をとるだけで20歳前後から社会にチヤホヤされ、親方株を持てば30前後で引退後は弟子を持つ。弟子を育てるというか鍛える場面で人間的に未熟な面が顔を出すのはいた仕方ない。言わばデジタル経営ではなくアナログ経営とでも言うべきか。アナログにはアナログの良さがあるはずだがどうもそれが感じられない。申し訳ないが、この騒動で顔と名を出した八角、春日野、鏡山といった親方衆の態度発言は洗練された経営陣の一角とは感じられなかった。もちろん貴乃花親方の対応も理解に苦しむ。白鵬に代表する乱暴狼藉や同部屋以外の力士と毎夜飲みふけるなどの現在の大相撲のあり方に対する危機意識が今回の手法に至ったというのでは大人げない。やり方が間違っている。
 実はもっと単純なことだったかもしれないのだ。警察に被害届けを出して直後に協会に報告すればよかったのだ。付け加えれば、その時の加害者をその場にいた全員、つまり白鵬も鶴竜もすべて対象にするべきだった。そして危機管理委員には貴の岩の入院している病院まで聞き取り調査に来てもらうべきだった。今、ここにきてはもうどうしようもない状況である。
 驚天動地な考えかもしれないが、いっそのこと貴乃花を中心に別の大相撲組織を立ち上げるというのはいかがなものだろうか。巡業ではなく、政令指定都市などでの場所を年に一度でも設定すれば充分共存共栄の道はあるのではないだろうか。もちろん、それそのものが日本の大相撲の正しいあり方と活性化につながるのであればの話だ。もうカチ上げ、張り手、ダメ押し、ケガ、そしてイジメ、暴力の多い相撲の世界から脱皮してもらいたいし、低次元のニュースの対象になってもらいたくない。相撲をこよなく愛される天皇陛下を嘆き悲しませることの無いように。

No.2950 立憲民主党よ、おまえもか! 

2017.12.29

アイコン

 少々偉そうなタイトルで恐縮だが、立憲民主党による排除の意趣返しに異論ありを申し述べたい。
 3か月前、小池都知事に個人的信条を理由に排除され、民進党ではすでに選挙戦を戦えなくなっていた左派系議員がやむなく立ち上げたのが立憲民主党であった。
 野党第一党として政権与党に対峙し、政権奪還を果たそうと人数合わせで膨らんだ民進党だったが、3年半の政権運営で外交・防衛・経済・教育といった政治の根幹でたびたびつまずいたその末路はほぼ推測の範囲となりつつあった。政治を知るものであれば蓮舫代表が実現した段階で民進党解体は遠からずと感じていたはずである。
 ところが、政治の一寸先は闇という格言が存分に示されたのが先の選挙だった。思わぬ小池野望の党の出現とその失態で想定外の政治体型が出来上がった。はじかれてやむなく新党結成に動かざるを得なかった立憲民主党が、反転野党の主力的存在になったのだから政治に関わるものは無論のこと、共産党や社民党もさぞや驚いたことであろう。希望に排除されたにもかかわらず根性があるという判官びいき論理が国民に渦巻いた解散選挙結果となったのだから。 しかし、その実態は、政策・思想・信条において自民党と際どく対峙する保守系政党といった感じではない。民進党にあって最も左派系であり共産党に近い考え方の持ち主の集まりが立民である。そして、今民進残党が3党の統一会派結成を打診したものの、立民福山幹事長にきっぱり断られた。福山氏が民進党使者に求めたのは「希望の党とは組まないと確約すること」「万が一、希望の党が望むなら立民綱領に全面的に賛成すること」というものである。どうだろうか・・・踏み絵を求めるところなどは意趣返しというか、排除そのものではないかと思うがいかがなものか。驕れる者久しからずやというが、立民入りで肩書き上は大出世の福山氏も相当な器だ。立民による排除の逆転現象は醜い政治を見させられているようで背筋が寒くなる。
 そして、国民の期待をたった一言で怒りに変えた希望の党に入る議員は見当たらない中、民進を離党し立民に入党するハグレ者が複数出ているといった状況である。次の選挙を戦うための政党選びといったところだが、情けないことに今夏まで代表だった蓮舫氏が、またシールズ系議員と小生が名付ける有田芳生氏も名乗りを上げた。日本落ちたの山尾氏も・・・。あきれたものだ。そこではたと思うのだが、この立民はシールズ党と名乗ってもおかしくはないのかもしれない。志位氏や福島みずほ氏などと呉越同舟してシールズ活動に参加していた民進党議員の多くは立民議員に転じている。

 結果的に旧民主党は3つの政党に分割された現状であり、それが何を示しているかは有権者にこれ以上ない反省材料を与えているのではないだろうか。8年前に年金問題に対するマスコミの過剰報道を信じ、操られた有権者が国の方向性を3年半民主党に委ねたところから、平成時代後半の悪しき政治の歴史が始まったのである。その旧民主党の鳩山・菅政権において政治の低迷を招き、国家情勢を貶めた議員一派が立憲民主党の実態である。排除されて新党結成に走るしかなかった状況に拍手喝采した有権者が生んだ政党である。この政党に対して保守精神に帰来する国民が期待出来るものがはたしてあるのだろうか。反自民、反安倍といった反体制であれば何でもいいというのではなく、建設的な議論で政権を質し、正すことを志す政党でなければ野党第一党は務まらない。1年近くもモリカケ問題で政権追求した野党は国のために仕事をしたといえるのだろうか。
 政治に綺麗事が通用しないのは重々承知しているつもりだが、感情に走る選挙結果は政治の活力にはけっして繋がらない。政治の世界の信条信念とはこういった思考が大切なのだと確信している。

No.2949 天安門事件の犠牲者

2017.12.25

アイコン

 英国公文書の機密解除内容として香港紙が報道したところによると、1989年6月3日に北京で発生した学生たちによる民主化運動での犠牲者を3,000人と推計していたという。学生たちが鎮圧にあたった軍から退去を命じられた際「1時間以内に立ち退くように」との指示だったが、装甲車や戦車による攻撃はそのわずか5分後だった。そして、あの冷徹な惨劇が実行され、天安門は地獄の修羅場と化していくわけだが、当時この広場を見下ろす一室で華国鋒、胡耀邦、趙紫陽といった民主化正当論に近いやむなし論を唱える国家リーダーたちが固唾を飲んで見つめていたが、と小平の強硬論によって武器を持たない若者に向けて軍の攻勢が雪崩を打つように開始されたという。はたして真実はいかにということになるが、その後の小平翁への権力集中との関係をどう理解するかといったところか。
 当時の英国大使は「少なくとも1万人が死亡した」と本国に伝えたそうだが、異なる大使からは「2,700人から3,400人」という下方修正の情報も入電されていたという。
 何人死亡したかについて、今報道修正する理由が何かは不明だが、英国の対中国の感情がおよそ芳しくないことを示していると思われる。習近平訪英の際のエリザベス女王に対する非礼が影響しているのだろうか。

 中国という覇権国家は覇権実行実現にあたっては我田引水、唯我独尊、ご都合主義といったイメージしか浮かばない国である。なぜなら、それは歴史的な観点においてその数値部分を改竄し、他国批判や大枚援助の取り付けを臆面もなく求める非道国家であるという点に尽きる。
 この天安門事件も中国の政府筋の発表は死者319人である。遺族が真相究明を求めているが、求めすぎれば遺族の命も危ないのではないだろうか。そんな一党支配独裁による非民主国であるということを忘れてはならない。
 南京大虐殺事件など最も下劣な例である。世界和平を求める地球のリーダーにならんとするのであれば、なぜ戦後70年を経て虐殺記念館という淫靡な施設を設ける必要があるのかと思う。アジアをまず意のままにするために日本が目の上のなんとかであるのはあきらかで、そのために日本が有する世界の信頼を侵略という歴史によって貶め、これに韓国を引き寄せているというのが現実である。この二国、どれほど日本か援助の手を差し出したことか。ここ数年、毎年12月になると虐殺記念館イベントを日本のメディアは取り上げるが、この記念館が出来たのはわずか4年前のことなのだ。しかも事件内容をいびつの数値にしたままである。もっとも、朝日新聞が記念館設立やその情報捏造に協力しているというのは我が国の恥部でもあるが、天安門事件自体はウィグル自治区やチベット自治区と並ぶ平民弾圧という中国の恥部であるのは間違いない。今になって真実を伝えんとする英国の思いは不明だが、毅然とした外交のあり方として少しでも見習いたいものである。自国に関する捏造を広められている日本はこの点紳士的というよりは臆病すぎはしないだろうか。

ページ移動