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No.3068 動き始めた県知事選

2018.12.21

 気温は2℃でも朝から雲一つない快晴です。
 しかし、県政界は暗雲とは言わないまでもいろいろな雲が漂っている現状で、来年の知事選に関するニュースが報道されました。それは、埼玉県町村会が上田知事への出馬要請を考慮しているというものです。おそらく数日中には正式に行われるものと小生は推測しています。
 埼玉県は40市22町1村という行政区割りになっており、まず先陣をきって22町1村の支援が上田知事に向けられることになります。残す40市の動きはいかに?といったことになるわけですが、市町村会全体の同一性を図るために町村会が舵切りの船頭役を担ったものと理解しています。
 県議会では、あらゆる場面で上田知事と自民党県議団のつばぜり合いが続く状況にありますが、上田知事の自作条例破りに対する自民党の怒りはどうにも終着点がないまま来夏の知事選までもつれそうです。
 問題は、自民党が既に酷暑の選挙まで7ヵ月ほどになっているにもかかわらず候補者が示されていないということです。前回選挙の轍を踏まないためにも早めの候補者選択が望まれるところですが、後出しジャンケンのほうが有利と思考しているのかどうか凡人には理解しにくいところです。しかし、名の売れた人物で上田知事と対等に選挙戦を戦える著名人という意味では、これといって決定的な人物がいないのが実情ではないかと小生は感じています・・・。
 前回は、天野教授の担ぎ上げ作戦が頓挫したことから、今回は同じことが許されない状況です。自民党が混とんとしている様子を眺めている上田知事にしてみれば、それこそ自ら狼煙を揚げる必要は無く、県政重鎮軍の支援表明という形で、まさに戦場各地から63もの旗が翻ればなにより県民に訴えることになります。各市町村にはほぼ自民党県議がいることを思うと、首長と自民党県議の関係も複雑なものとなり、何らかの影響が出るのはやむを得ません。しかし、それでいいかどうかを在野の立場でと考えると、地域事情が複雑な政治状況や人間関係に左右されるのはけっして良いこととは思えません。
 自民党にとって厳しいのは、上田県政にさしたる汚点がないことでしょう。加えて、国会議員と知事4期の経験から、全国に人脈は広がっている中で全国知事会の会長にまでなったのです。いくら県議会最大会派の自民党と言えども上田知事相手の選挙は別物と考えるしかありません。
 上田知事についての県庁内の評判は私の知る限り様々ですが、世の中には100%というのはないと思えばそれもしかりでしょう。とにかく、こと選挙という場面で県民有権者がイメージするのは大過なく知事職を全うしているという現実と我が街のトップが応援しているという流れです。年齢的にも69歳ならまだまだです。予測されていたことではありますが、今日の報道に自民党がいったいどのような対応を思考するのか。それによってこの戦いの全体像が見えてくるわけですが、いったいどうなるものやら。

No.3059 どっちもどっちの国会審議

2018.11.27

 国会が入管法をめぐって荒れている。荒れる原因は、来年の統一地方選挙をにらんでの政権のイメージダウンをあぶり出そうとする野党の目論見があるとみられる。また、更なる根源として改憲論議に入らせたくないこともあるだろう。それが証拠に憲法調査会の招集がなかなか実現せずにいる。連立を担う公明党代表の一昨日の発言では、来年中の発議もままならないとのことであるから、この点では野党に強気かつ安心感を与えているものと思う。
 ともかく、メディアは入管法の審議時間が20時間足らずという点に疑問を投げかけ、野党同様に強行採決だとして国会運営のまずさを指摘する。例によって、国政国益論からはずれたテレビ局では、国会運営の在り方がすべて自民党安倍政権の問題であるかのような報道に撤している。26日の予算委員会での立民の山尾志桜里議員の質疑姿に疑問を発する局は皆無である。上から目線で自分は総理としか質疑応答しないといった姿勢で、法務大臣の答弁を拒み、かといって総理が発言するともういいですよと失礼極まる態度。野田委員長の発言にも応じず甲高い声で質問席からやじり、しまいには総理に対して「器が小さい」と言い放つ。こうした発言はもはや罰則対象にもなり得る発言だと思うのだが、強気な国会運営はこれまたマスコミの材料になるので、好き勝手の言いたい放題状態である。これでは本質の審議が足りなくなるのもやむを得ない。
 法務委員会での審議の実態が不明だが、本来は、外国人労働者を安上がり人材の道具的論理でしか対応しない悪質企業に対する罰則問題だとか、人材不足で倒産が相次いでいる建設業界の実態などを深堀りする質疑が無ければならない。米中貿易摩擦の影響で経済に翳りが見える状況でもあるから尚更ではないか。
 埼玉県庁前に本社のあった建設会社が東日本に広く応札をし、高額な建設契約を請け負ったものの、結局はそれらの工事を投げ出す形で倒産したのはつい最近のことである。それにより、宮城県の復興事業、東京のオリンピック関連事業、埼玉県内の学校改築事業などのゆくえが暗礁に乗り上げ、学校は予定の4月完成が不可能となり7月にずれこむことから大きな問題となっている。
 産業界からの要望が大きい法案とはいえ、それに応じる思考が優先してはならないが、現実をもっと把握した建設的議論がなされるべきなのに、野党はとにかく大臣たちの言質をとり、有権者の目が野党に向くことに躍起となっているように感じる。支持率が下がり続ける現状打破に対する国会戦略ともとれるが、敵失で支持率を上げるよりは真っ向から議論をぶつける方が国民の理解は得られるはずである。そういう点では山尾議員の以前と変わらぬエキセントリック一本やりの質疑には首を傾げざるを得ない。それが手柄としての評価につながるかどうかは有権者の判断に拘わることでもあるが、国会関連のニュースを見ていると、立民が野党第一党のせいもあるが、辻元清美や山尾志桜里といった議員が野党の顔として毎日画面いっぱいに出番があることに、一時代前の国政がなつかしく思えてならない。それは野党に大物感を漂わせる議員が少なくなったことが原因なのかもしれない。
 審議が参議院にうつると、今度は立民幹事長の福山哲郎議員が審議をストップさせる質疑手法を執拗にぶつけてくるのは間違いなく、政治を目指す人達にとって毒にはなっても薬にはならない国会運営が続く。

No.3055 消えたはずの政治家の謀議

2018.11.11

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 消費税や外交上の議論が進まず、相も変わらず大臣の首獲りに邁進する国会論戦。あきあき辟易といった思いがしてならない。委員会室がまるで取調べ室のようではないか。
 地方が沈みかけているにもかかわらず、地方創生論議をするでなく、同大臣のスキャンダル追及に明け暮れている。片山さつき大臣の疑惑は確かに明朗ではないが、辞めさせて新大臣に代わって、はたして合意納得の上で国家国民のための議論が進むとも思えない。任命者の責任が問われるのか、当の大臣が悪いのか、本質を脇に置く野党が無責任なのか・・・現野党の国民支持率は大臣の首を獲ったからといってさほど上がることもないだろうし、与党の支持率が若干低下するぐらいのことではないかと思う。なぜなら、国民はあの民主党による魔の3年3ヵ月を忘れてはいないからだ。外交も経済も低下し、なにより国家の威信を貶めた政権にこりごりしているのが現実である。
 年金処理の不始末の責任をすべてかぶせる形で国民は自民党にお灸を据えたが、革新リベラル政権は政権運営そのものにお灸を据えられ、その復活は悪夢の再現と感じている国民はまだ相当数いるものと思う。自民党にどことなく嫌悪感を持つ国民も、政治的というよりは人情的判官びいき感覚なのだが、肝心のひいきしたい野党がいないというのが日本の政治の実情ではないだろうか。
 そうした政治環境にあって、そぞろお出ましになられた政治家が3人、都内のホテルで会合を持ったことが報道されている。声掛けは前原誠司氏、あとは小沢一郎氏と橋下徹氏。ほほー今頃なんだ?といったメンバーである。
 橋本さんを除く二人は現職とはいえ国政の表舞台から消えた人。小沢氏は一昨年の選挙で息絶え絶え状態に陥った様子だったが、沖縄知事選でかすかに生きていることを知らしめ、復活の気配を漂わせている。まるで起き上がり小法師の様な人だ。前原氏は党首として究極の選択をしたものの、民主党の破滅を招き、多くの逃亡議員を生んだ元凶となった。橋本さんは政治家としての復帰はないと明言しているが、この世界は何でもありということで、それを信じている国民は少ないはずである。「政権奪取論」という書も、タイトルからして地方政治の頂点に立った経験を持つ橋本氏の思いが書かせたものと考えるのが自然である。ならば、国政の頂点に立たせてあげようとでも小沢氏に吹き込まれたかどうか。小沢氏ならやりかねない。まずは、その前段として橋下氏に来年夏の参議院選への出馬を促したか、それとも憲法改正や消費税増税に絡めて解散同時選挙に持ち込む戦略の密談であったか。
 三国志演義の桃園の儀よろしく義兄弟の契りを結び、ともに戦うことを誓ったか、それとも薩長同盟に国民が持つ正義のイメージを結び付けて国政奪取をシナリオ化する謀議であったか。実は、声掛けは前原氏ではなく小沢氏が前原氏に持ち掛けたというのがこの会合の実態ではないかと推測するが、はたして真実はいかに。
 強気な口達者でなる橋下さんはトランプに重なる部分もあり、同タイプの元首が各国で実現していることから、マスコミが話題性を高める役割を発揮すると橋下野党に浮動票が大きくうねる可能性は十分考えられる。それが日本の未来にとってどうなるのかも含めて、謀議の中身は神のみぞ知るである。

No.3048 タウンミーティング 感想①

2018.10.27

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 26日19時から掲題の行政現況説明会が西公民館で開催された。
 私は、現在充電中ではあるが政治のかたわらに身を置く者として、現行行政の実態とまた幸手市の未来への関心から参加した。
 また、今年度限りの任期ではあるが、地域における自治会長・区長という立場にあることから、地域に関連する何かがあるか!との予感も参加を促すきっかけになった。そうした空気を助長する声も私の周りに強かったが、どうやら声だけだったようで拍子抜けした。30名ほどの参加者のうち香日向住民は見る限り5名程度、職員が3分の1ほどいる感じで、住民の関心が相変わらず低いことがうかがえた。栄団地、天神島といったところからの参加者がいたことは特筆されることであった。
 約1時間ということで始まった会の冒頭30分は市長による市政報告で、その後は参加市民による質問・意見・提案・要望なんでも結構の時間が40分ほど設けられた。そもそもこのタウンミーティングと称する住民説明会のサブタイトルが、“渡辺市長と語ろう”となっており、まるで市長のミニ集会的政治活動を意味するようで若干の違和感は拭えない。市民の中には、税金を使っての街づくりを選挙対策にしているとか、職員に応援させているという声があるようだが、それは良くも悪くも税金の使途を市民のために考えるのが首長の役目であるから、全面的にそうした批判が当たっているとは思えない。ただ、自らが30分説明する内容はいいことづくめで、質問への対応はほとんど部長にさせる手法では市長と語ろうという状況ではないし、1年後が市長選という時期でもあるので、現職市長の立場にある者としては重々誤解が高まらないように思慮するべきであろうと感じた次第。
 実際に配布されたレジメやパワーポイントによるプレゼンテーションを見る限り、なんという素晴らしい街なんだろうと感じさせる内容であり、市長もそれに合わせて話す流れで、課題や問題点に言及するでもなく、とくに財政や行政課題別の現状を数字で説明するといったような点は皆無であった。

No.3044 議員定数にまつわる話

2018.10.13

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 沖縄県与那国町で議長が決まらない状態が1ヵ月近く続いているという。議員数が10名で、町長与党と野党が5名づつに分かれていることから採決権のない議長職をどちらも拒否しているというのだ。投票で決まるたびに辞退するという状況が続いている異常事態。これでは議会が機能しないのは当然である。他の近隣自治体との連合協議の場に出ることも出来ない。議会も議員も何のためにあるかという嘆くべき事態だ。議員定数削減も功罪いろいろあって、市民感覚では減らせの意見が多いのだろうが、減らしすぎにも問題はある。それは別にして減らす場合にも奇数の定数にしておく方が与那国町のような問題にはならないし、それが一般的ではないかと思う。西のはての小さな町のことではあるが、どこに限らず、議会とは言うのは優位性にこだわってあれこれ揉めるところである。

 さて、埼玉県議会でも議員定数をめぐって綱引きが続く状態となっている。自民党県議団と上田知事執行部との前回選挙戦から続く因縁も気になるところだが、自民党県議団と野党会派との意見対立が続く議員定数削減及び選挙区削減の攻防も選挙の前哨戦的な位置づけとしてお定まりとなっている。知事と自民党の軋轢はいつかは落ち着くであろうし、また、そうあってほしい問題である。いろいろな人から「いったいどうなっているんだい?こんなのいつまでも続けていていいとは思わないけどな」「自民党県議団はどこまでやれば収まるのかね」といったことをちょくちょく言われる。議会運営上、知事と最大会派の泥沼状態が長く続くと、こういう考え方が主流になってくるようで、これが県民の一般論になりつつあるように思う。上田知事もかなり強気な方のようで受けて立つからややこしくなる。自ら制定した条例破りを認め、了解を得る行動をすべきだったのだが、もはやそれで収まる話ではないようだ。

 議員定数の削減については、野党が提案する内容には自らを利する思考が見え隠れする。野党は「コスト削減と身を切る改革」を前面に押し立て、県民の気持ちをそそる戦略を前面に押し出す。いわゆる建前である。しかし、その狙いは別のところにあるのははっきりしている。たとえば、東3区の定数を2から1にというが、ここは自民党県議団の領袖とも言うべき重鎮がいる選挙区である。上田知事に対する県議団のスピリットの権化とも言うべき大物議員に引退を示唆する目的が垣間見られる。実際、それが真意と考えられる。
 また東1区と2区を合区にし、定数を2にするというのは、現在どちらも自民党議員が長期に独占している議席なので、複数区にすることによって1議席を確保しようと画策しているのは間違いない。そして、この1区行田にも自民党県議団で議長・団長の経験者かつ県連の幹事長という要職にある議員の存在に的を絞っていると推測する。
 これと同じく、さいたま市に10区ある選挙区を一気に5区に絞り、それぞれ定数を3にするというのも、定数に変化はないが複数区を増やすというのが野党にとって有利に働くことを意味している。つまり、小選挙区を中選挙区にすることによって野党議席を増やせるとの狙いである。これらを称して「民意を広く反映させるため」と理屈付けているが、要するに、自民党県議団の過半数獲得を阻止するための議会改革なのだ。
 確かに、上田知事に対する執拗な議会対策は、そのたびに新聞報道となり、小生の周りでも「自民党はいい加減にした方がいいよ」とか「嫌がらせもここまでやると逆に良くは思われないと思うがな」といった考え方が広まっていることは無視すべきではない。なにより、知事選への対抗馬を出せない状況は自民党も県民に対して訴えかけが弱いのであって、抗争をよく思わない声には耳を傾けるべきだろう。小生の所属政党であったことから常に動向が気になる自民党県議団ではあるが、なにより県民の立場にかえって思うのは議会の正常化である。過半数の論理を駆使しすぎるのは果してどうだろうかと思わずにはいられない。過半数とは重要ポストを確保するということがまずはあるのだから、あとは大人の対応として議会運営をリードすることが県民が求める議会ではないだろうか。
 半面、上田知事に対しても根強い批判はある。4期目は結果的に許されたが、5期目は県民の支持が強いとか首長たちの支援もあるといった4期目と同じ理由は通じないという声が少なくない。だからこそ、自民党県議団はルールに則って上田知事に対峙を続けているのだろう。
 それにしても実現性のない野党の定数削減案もいただけない。話は繰り返し前後したが、議会の正常な運営と機能は永遠の課題にしてはいけないと考えるが、いかがなものだろうか。。

No.3039 沖縄知事選は小沢氏復活の序章?

2018.09.30

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 沖縄知事選は基地問題で国政に反旗を翻す左派連合の勝利となった。
 結果的に、玉城デニー候補自身が、選挙終盤で翁長氏の後継イメージを訴える戦略を繰り広げ、翁長前知事の弔い合戦化に持ち込んだことが功を奏したと言える。翁長夫人も当初敬遠していた応援を、選挙に入るやマイクを握る回数が増えていったという。
 また、本来選挙には中立であるべきマスコミも、沖縄2大新聞は辺野古移設に疑問を投げかける反政権方針を変えることなく、玉城候補支援に徹したようだ。小生は、この選挙が翁長氏が候補者であったら佐喜眞氏の勝利の可能性が髙かったと予測していた。その最大の理由は、翁長氏の健康である。見るからに衰弱していたが2期目への挑戦を明確にしていた翁長氏だった。それも選挙が近くなって翁長氏が亡くなってからは、勝つためにはとの思いから安室奈美恵さんの名前があがるなど、オール沖縄は苦戦が予測されていた。そこへ、政権打倒に燃える剛腕小沢が選挙を陰から仕切るところとなった。

 衆議院二人、参議院4人の国会議員6人で構成する自由党。衆議院議員は小沢氏と玉城氏の二人だけ。玉城氏は名護、沖縄、うるま3市を主体とする沖縄3区を選挙区として4期当選をとげた議員である。翁長氏が那覇を強力な地盤とする政治家だったことから、玉城氏にとっては強力な支援体制が図れる状況でもあった。ここに小沢氏の選挙戦攻略の糸口が生まれたと言えよう。
 たった一人の衆議院同僚というより配下が沖縄出身というのも一つの偶然ではあるが、小沢氏にとってまたとない出番となったのは間違いない。失礼ながら、佐喜眞氏に比べて玉城氏には洗練された都会派イメージがある。それが自由党という弱小政党にありながら4期当選という実績を誇る理由のひとつと考えると、知事戦出馬を表明した時点で勝負あったと言える状況だったのかもしれない。現代選挙にはそうした面も否定できない。
 玉城氏は、報道によると「自分は保守だ」と訴えていたという。したがって、国政で野党連携を図る小沢氏としては、立民、共産、社民といった左派政党幹部の沖縄入りに配慮するところとなる。枝野、志位、といった野党幹部の応援演説には玉城候補を同席させずに、野党幹部のそろい踏みは演出するという候補者不在応援の場づくりに撤したという。現代選挙は、推薦とかは形式に過ぎず、首長選挙には政党色は影響を持たないという投票結果が少なくないことから、こうした選挙戦もありと判断したのではないだろうか。とにかく共産党とのつながりが有権者に意識されないようにとは考えたのであろう。
 もう一つ、この選挙結果に与えた影響を考察すると、佐喜眞候補の辺野古問題を避けた選挙戦を展開したことがあると分析できる。今の沖縄にあって、翁長氏は、イデオロギーや主張の好き嫌いにかかわらず辺野古移設反対に、結果として命を懸けたという評価が可能で、そこに、その弔い合戦化を目論む敵陣営の戦略が見え見えであった。ところが、佐喜眞氏のこの問題を遠ざけた選挙戦は、果たして好感を持たれたであろうか。答えはノーだ。経済、教育、福祉もしかりだが、沖縄にとって最も重要な問題に触れない知事候補に何を期待せよと言うのか!自民党の支援を最大の武器にしていたとしたら大きな間違いであり、大切なのは問題に立ち向かう自らの姿勢だったはずである。 

 小沢氏が遠くで見守る知事ではなくなり、より至近に指示指導が可能な玉城デニー氏が新たな沖縄知事になったからには、今まで以上に安倍政権の沖縄苦難は続くことが予測される。沖縄に広大な別荘を構える小沢氏にとって、小沢氏が求める沖縄の安泰が玉城デニー知事によってどのようにもたらされるのか興味はつきない。普天間をそのままにはしておけない沖縄にとって、どういった解決策があるだろうか。尽きることの無い法定闘争にエネルギー費やす沖縄。こうした状況に拍車がかかる新知事誕生に沖縄県民は何を期待したのだろうか。しかし、県内の市町首長選では保守系候補の勝利が続いていることから、玉城新知事にとっても県政運営はいばらの道と言える。

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