記事一覧

No.3417 メディアの差別的気遣い

2021.05.18

 前々号でも示したことではありますが、反日思想を感じさせる報道姿勢と、それに組するキャスターや芸能人の発言の醜悪度は度を超えており、見る目も聴く耳も日々距離を置くように失せつつあるといった内容を書きました。
 今回紹介するのもその意図が感じられる表現が見られます。それは、なんとなく見ているとそうした印象操作を見逃してしまう感じなのですが、さほど考えることもなく、直感的におかしいと感じるものが溢れています。

ファイル 1336-2.png ここに紹介したものもその一例です。従来株という表現が異様ではありませんか。その他の変異株は国名表記で示しています。しかし、これは間違いなくこの国で変異した株であると科学的立証が為されているかは疑問です。どこがそれを認定したのかさえ明らかではありません。ただ、それらの国々が問題指摘をしないというだけのことで、開き直りかつ知らぬ存ぜぬとする中国とは次元が異なります。
 従来株・・・国名表記をしないことも異様ですが、従来という文字にも違和感しか感じません。要するに、中国株、武漢株、もしくは中共株といった地名表記が為されてしかるべきだと思うのですが、そこには理解不能な気遣いが感じられてならないのです。言うに事欠いて従来とはなんぞや! 我が国のメディアの偏向度を理解するに足り得るものだと言わざるを得ません。
 今の世界パンデミックの原因が中国に有ることは疑う余地がありません。これはWHOが認めるか認めないかを問うまでも無い話です。我が国のメディアの情けない実態がこうした形で随所に出てくることに悲しさ以上に怒りを感じる昨今です。どうして、日本はこれほどまでに自虐的な気質に染まってしまったのでしょうか。

No.3414 止まないコロナ禍に想う

2021.05.14

 コロナ禍の1年半。大企業、中小企業、そして個人経営者の経営実態は様々のようだ。それにしても、持ち株資産の株価高騰による好況決算には驚くばかりだ。これはアメリカでも同様で、GAFAといったIT企業のみならず、特殊なコンセプトを経営に活かしている企業の先見性に投資家の目が向けられているのだろう。私的に感じることだが、大きな枠で考えるならばSDGsを経営テーマに据えることは、未来の企業の在り方として望ましいことではないかと思う。
 結果的に、経営者個人の超セレブぶりが話題となるのも当然のこととなる。銀行や保険といった金融会社や投資ファンドによる影響はもちろんだが、個人による投資熱が株に向いているということもあるようだ。なんとなく世の皮肉を感じてしまう。
 ソフトバンクは4兆円超えの黒字を生み、日本企業として史上最高益という結果だとか。トヨタは中国での新車販売が好調。パナもしかりで、パナの場合は白家電のほとんどは中国で製造し、最近ではテレビの製造を中国企業に委託することが報じられた。もっとも、そういった企業は他にも目白押しの状態で、製造だけでなく、販売面でも中国依存の日本経済に変わりはない。緊急事態宣言下でも中国からの訪日客はインバウンド役として、チャイナマネーを運んでくれる対象のようだ。コロナの原点を考えるとどうにも不思議な思いがしてならない。
 反面、ANAは4千億円近い赤字、東京メトロは民間化されて初の赤字決算などなど・・・問題はコロナ禍不況の構造的企業と個人経営者の実態である。持続化給付金だけでは立ち行かなくなる中小経営者が多いはずで、倒産とか事業撤退という文字を見かける機会が多くなっている。

 奈良時代、天平の疫病が起こったのは735年。当時の人口は400万人ほどと考えられており、その30%ほどにあたる100万人以上が命をおとしたと言われる。政権を握っていた公家の3割が亡くなり、特に藤原四兄弟が死に、皇后による統治が急遽行われたという。原因は、疱瘡(天然痘)で、その猛威のほどは数字が示している。一度は収まりかけたものの737年に再び流行し、収束まで2年を要したそうである。
 730年代になって遣唐使などが派遣され、九州を中心とした帰国者たちが多かったことから九州が発祥地と考えられているが、派遣地で感染し亡くなった人たちもいたとされる。ウィルス発生地はコロナ同様大陸だったとの想定である。
 時代が時代ゆえ科学的根拠に基づく収束はあり得ないし、記録にもないようだ。考えるに、ライ病でも、結核でも隔離病棟策がとられたことを思うと、おそらく徹底した隔離政策が対処法だったのではないかと思う。事実、皇后はいくつかの専門治癒舎を設けたという記録が残っているそうだ。
 この天然痘ウィルスは人類が初めて撲滅したウィルスだそうで、すでに現世には存在しない。今のコロナ禍で様々な思いがよぎるが、そろそろ2年になんなんとすることから、科学の力を有する現代でも手をこまねくウィルスではあるが、人知を持ってこの戦いに幕を閉じるしかない。
 朝ドラ「おちょやん」は昨日最終幕を迎えた。もう少し幕を閉じずにいてもらいたいと涙腺をゆるくしたものだが、コロナの幕は迅速に、一刻も早く閉じたいというのが人類共通の願いのはずだ。

No.3406 木を見て森を見ず論

2021.04.22

 今どきの早朝ウォークの利点は、ベストな体感温度で、静かな自然に触れることが出来るということではないでしょうか。幸手は、観光的な意味で自然豊かとは言いにくい土地柄ですが、歩いてみればそれはそれ、そこかしこに新鮮な息吹が感じられます。とくに初夏の空気は幸手に限らずどの地にあっても秋の紅葉とはまた違った魅力があるものだと思います。
 ファイル 1325-1.jpg ファイル 1325-2.jpg
紹介のショットはポピー1輪が昨日、カモ1羽が今朝のもので、どちらも6時前のものです。カモは我が家を出てすぐの偶然の出会いで驚きましたが、1時間後戻ってきたら少し離れた場所で2羽のツガイになっていました。まるで飼われているかのように門前あたりをアチコチ行き交いして、こちらがご挨拶にと近づくと一定距離を保ってつかず離れずの調子。距離感のたくましさは相当なものです(笑)

 さて、香日向バスの話題になりますが、「枝久保さーん、沢山乗ってますよー」とか「代わりにやってくれる会社探してくださいよ」「これから私たちが利用し始めるところだったのに」という声を直々に伺います。気持ちはわかりますとしか言いようがありません。
 要するに、ブログやレポートに書いているように、ここまで運行してくれた民間会社がやむに已まれずの運行休止であるということが前提にあるわけです。赤字を他の事業で穴埋めしながらのやりくりで継続していたことを考えると、他の会社とはいうものの同業者は1社しかありませんし、そもそも、この路線が確実に有益な路線としてマークしたなら、もっと早くから目をつけていたはずなのです。
 これから利用する予定だったというのも、高齢化や免許返納を意図した声だと思われますが、買物や通院で週に数回利用するのは経営的には計算できないことでしょうし、旅行の際に便利だったというのも利用者の都合としては理解できるものの、経営論理においてはいかがでしょうか。慈善福祉的発想は経営側として最優先出来る要件ではないというのは、民間に身を長く置いた私としても理解の範囲です。
 決定的なことは、平日毎日必ず一往復してくれる安定利用者が激減したということです。地域人口自体が4分の1減少しているのですからこれもやむを得ないことです。
 朝のある便に大勢乗っていたからまだ脈はあるんじゃないかという声もあります。しかし、これこそ木を見て森を見ずの思考です。私が火曜日から金曜日の週4日、毎朝7:15~7:40頃まで登校パトロールをしている時に2度バスが通過しますが、最初のバスは確かに6人から10人程度の利用者がいます。しかし、その次のバスは2人ないし3人程度で、時にはゼロの場合もあります。つまり、一便だけ多いからといって希望をつなげる状況かどうかと言えば、それも会社側で長い期間をかけて結論を出すにあたって確認しているのです。各便ごとに運行チェック表を作成しているのですから。まさに、木を見て森を見ず論と言うべきものです。
 バス路線の継続または肩代わり論はもはや現実的ではないと言うしかありません。しかし、何か考えると言うのは、習性的なものとして連絡を受けた瞬間から感じていることなので、大衆迎合ポピュリズムの観点ではなく、大衆の為にあるという議員の矜持にしたがって、いろいろなことが頭をよぎっているのは事実です。

 話変わって今夜は、こと座流星群が出現する晩だそうです。すでに最も多く現れる22時まで3時間を切っていますが、月明かりの関係で見やすいのは深夜3時前後だそうです。まさかその時間まで起きていようとは私自身思いませんが、よろしければ10時過ぎに東の空を眺めに出かけてはどうでしょうか。
 木を見て森を見ずよりは、ひと時の夜空に目をやり天体ショーに魅了されるのもオツなものだと思いますよ。森より広大な夜空には星しか見るものはありませんから。

 

No.3401 香日向小学校の想い出

2021.04.08

 今朝、新年度の始業日で子どもたちと再会。想えば、平成24年3月で22年の歴史を閉じた香日向小ですが、翌4月8日から長倉小に通うことになった児童たちを駐在所前交差点で立哨活動を始めて丸9年。早いもので今日から10年目が始まったことになります。
 それまでも香日向ボランティアクラブの皆さんが香日向小の門前で行ってくれた登校パトロールがコミセン前交差点に変わり、それに補助的立場で私も立ち始めたわけですが、朝の子どもたちとの交流に元気をもらうことの喜びというか楽しさといったものに魅了される形でここまで続けられたことをありがたく感じています。
 想えば、我が次男は香日向小第一期卒業で、その次男が中学3年になる子の親というのですから、あらためて言うのもなんですが、時の経過と共にいろいろな意味で年をとったことを実感します。

 さて、3月30日に8700人の75歳以上の市民を対象に送付したワクチン接種案内に対する市民の反応が殺到したことでいろいろな方から連絡をいただいています。おそらく他の議員も同様ではないかと思います。
 電話、メール、来訪等々、言われる内容は電話がつながらないというのがほとんどです。早速、行政にはコールセンターの回線数の増加や、今後の案内発送について年齢分布を更に細分化しないと混乱の上に混乱をきたすので知恵を絞ってくれるよう要望した次第です。
 報道にもありますように、全国多くの自治体で同様の状態が生じていることもふまえていただき、市民の皆さんには冷静な対応とご理解をお願いするしかありません。
 要するに、ワクチンの供給量が少量かつ不確定と言うのが最大の原因です。そうでありながら、国や県は発令通りに対応することを求めるといった様子ですので、今回ばかりは受け手から脱皮して独自の判断でワクチン供給量に見合った接種計画を見直すくらいの裁量が行政にあってもよいのではないかと思います。
 ただ、計画をするにも医師会等の医療関係者との折衝がその都度必要となるので、簡単なことではありません。
 「市は何をしてるの!」という感情的なものは私には届いておりませんが、そうした物言いをされても解決の道にはつながりませんので、あくまでも落ち着いた対応を為されることが肝要ではないかと思う次第です。

No.3398 バス休止に想う・・・感謝

2021.04.02

 「枝久保さん、バスの休止はやむを得ないと思います。私も長い期間利用させてもらいましたがいつも有り難いと思っていました。今、我が家では娘がお世話になっていますが、本人も枝久保さんのブログを見せたら納得したようです。いろんな事情があったことと思いますが、香日向の人たちは感謝している人が多いと思います。直接お礼を言う機会はないでしょうけど、よろしければ枝久保さんからこんな思いを伝えていただけたら有難く、よろしくお願いいたします」
 今朝、このようなメールをいただきました。私の方が熱くなってしまいましたが、今、香日向では独断専行的に地域をリード、いやミスリードしそうな方がいるとの話が耳に入って来ますが、地域のみならず全方位的感覚で温かい目を注いでくれる住民がいることに心が和みます。ありがとうございました。

 
 中田観光さんに感謝の意を地域で示す方法は何かないだろうか?との想いが巡りますが、今の私にはさしたる方策は浮かびません。
 しかし、それがけっして考えすぎではないと思えることがあります。それは、委細確認も含めて数日前に社長と会った際、過去の香日向バスに関わる年次運行数値を提示されました。平成20年、22年を除き見事に年間収支マイナスという年が続いています。とくに昨年はコロナの影響で驚くような収支になっています。乗車人員が前年の令和元年の135,241人に対して、令和2年は97,077人ということです。平成20年にわずかな黒字を示しましたが、その年の乗車人員は174,294人でした。実は、この乗車人員が最も多かった年です。
 これでわかるのは中田観光さんは香日向のために企業論理を脇において頑張ってくれたということに尽きるのではないでしょうか。

No.3395 花咲く春は動く季節

2021.03.24

 今朝の登校パトロールは、小学校の卒業式ということで6年生だけが登校する日になっていた。私の立哨地点では6年生が一人だけ。それでも、この子との朝の出会いが6年間もあったわけだし、その最後の日まで見送ってあげたいと思い待っていた。
 いつもより遅めに現れた彼は学生服に身を包んでいた。なんとなく感無量の想いで「おめでとう!」と声をかけた。恥ずかしそうにあごでうなづき、「行ってきます」と小さな声で応答するのもいつもの彼の姿。マスクで表情は見えないが、おそらく学生服を着た瞬間から新鮮な心持ちで家を出たものと思う。
 努力して東京の中学校に入学することになった彼のことゆえ、マスク越しの顔は来月からの新たな出発に向かって希望と気合の表情に満ちていたことだろうと感じながらしばらく後姿を追っていた。

 午前中、幸手消防署の署長と他2人の署員さんが来訪された。署長さんが定年退職になるとのことでわざわざ挨拶に訪れてくれたのだ。まだ、後任は内示段階ということで、新しい署長や西救急ステーションの責任者が誰になるかは分からないが、厳しい職務体制の消防署員として定年まで働かれたのは、さぞや感無量のことだろうと思う。感謝と敬意及び家族の支えがあればこそとの想いで労をねぎらったが、車を見送りながら、二つの卒業者に出会った今日が素晴らしい晴天で良かったと思わず空を見上げた。

 記念日と言えば、唐突に私事で恐縮ですが昨23日は49回目の結婚記念日でした。
 1973年の3月23日が結婚当日でしたので、それを1回目とすると49回目ということになるわけです。これだけ高齢社会になっているので、金婚式も100歳長寿者も少なくはないはずと思うと、現時点ではさしたる感動はわきませんが来年はどうかといったところです。
 派手なことも外食もあまり好きではない家内が、私の好みの手料理をいくつか並べてくれたのがなによりでした。それで思うのは、外食産業の厳しい事情ではありますが、自粛生活でのエンゲル係数の低下は家計にとっては有難いようです。事実は、通常私の交際費にアルコールを含む食事代がかなり入っていると家内が感じているからかもしれません。確かに、この1年外飲みしなくなりましたし、家での酒量もかなり低下しています。皆様のご家庭ではいかがでしょうか。

 3月下旬に降る雨は、春雨、そして花散らし雨とも呼ぶそうです。卒業、定年、人事異動発令・・・慰労と送る季節。4月は入学、入社、新天地での新たなスタート・・・希望とともに迎える季節・・・春は嬉しくもあり、寂しくもあり。

ページ移動