気温差大、天候の移り変わりなど、気が滅入り、体調管理にも気を遣う陽気が続いています。そんな状況に元気を貰うのは、やはり街風景に彩りをつけている花々ですね。 写真は、毎年のようにメディアに取り上げられている元幸手市長の町田英夫さん宅に咲くナンジャモンジャの木です。数本のナンジャモンジャが各々雰囲気の異なる開花状態で見る者の目を楽しませてくれますが、正面から全景を楽しめるこの木が訪れる人々の目に留まるようです。
ヒトツバタゴという名称がいつのまにかナンジャモンジャとして呼ばわれるようになったそうですが、枝が見えなくなるほど雪の花がまとう姿は、桜の終わった後の四季の彩りとして目に鮮やかです。
ゴールデンウイークの間はこの姿に触れることができるそうです。町田夫妻が来観者に丁寧に応対されることもナンジャモンジャと共に評判となっているようで、毎年のように訪れる人がいらっしゃるということです。
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No.3561 ナンジャモンジャの木
号外: ありがとうございます!
ブログをお読みくださった方々からお見舞いのメールをいたきました。中には直接家までお越しいただくなど、温かいお気持ちに深く感謝いたします。
No.3542 不覚にも・・・好事魔多し
昨夜6時半を少し回った頃のこと、ある専門ショップに買い物に出かけ、商品を選んでレジにと思ったところでTポイント用のスマホを車に忘れたことを思い出し駐車場に戻るところで・・・空中ダイブ。車止めにつまずいたのです。
右顔面から路面に落ちたようで、瞬間立ち上がったものの顔から、見るとセーターや路面や床などあちこちに血が。何が何だか一瞬の出来事に顔を抑えて店内に。驚いた店の人が「頭を打っているようですから静かに座っていてください。救急車を呼びますがいいですね」との気遣い。東部広域消防組合議会議員の立場としては、あれあれどうしたものかといった想いが巡りましたが、よろしくお願いしますと言うしかない状態。
それからほどなく、5分も経たない感じで久喜本署から救急車が到着。生まれて初めて患者として救急ストレッチャーの上に。
2件目の連絡で済生会が受け入れてくれたということで栗橋に急行。即CTとレントゲン撮影・・・結果は脳内異常も骨の異常も無しということでアドレナリンも低下。と思ったのもつかの間、先生から「この傷はちょっと深いので縫わないとだめですね」とクールな診察。再びアドレナリンが急上昇し「どうしても縫わないといかんですか」と。すると先生「傷は若干残るとは思いますが、化膿して手術などになるよりいいでしょう」とクールさ増幅。
結局、右目の脇を7針縫うこととなりました。顔に麻酔注射ですよ、ゾッとしますよね。ショップの店員さんから救急隊員に連絡があったそうで「割れたメゲネのレンズが見つかりましたが」ということだったそうで、そのレンズが7針縫う原因になったのだろうと思います。
今、右顔面全体をガーゼ止めしてます。自分でも見えないのですが、おそらくハレハレの状態なんだろうと思います。
明日は議会日程が議案質疑の日です。通告してあるので、もちろん質疑はしますが、ネット画面に醜い姿をさらすことになります。ご容赦願います。
ショップ、救急隊、済生会の先生や看護士の皆さん、不注意の上のご面倒をおかけしたにもかかわらず、暖かい対応をしていただきありがとうございました。
No.3538 22222
22222
今日は不肖私の誕生日ということで、この号は全面的に私事ということで失礼いたします。
寅年生まれの年男72歳という年でもあるのですが、それがなんと西暦2022年というめぐり合わせですから、ある意味奇跡に近いかもしれません。ともあれ、なかなか無い数字並びです。元号では平成22年2月22日というのがありました。これもそれなりにメモリーな年ではありましたが、生まれが昭和25年ですから22年生まれの方にはかないません???
西暦で2の数字並びは、古くは22年、222年、未来は2222年で200年後になります。ということは、2002、2022を加えてもこれだけしかありませんので、この2022年がいかに2月22日生まれにとって命ある間の貴重なスーパー並びの機会であるかということになります。
そもそも、同数字並びの誕生日自体が1月1日、11日、2月2日、22日、3月3日、4月4日、5月5日、6月6日、7月7日、8月8日、9月9日、11月11日の12通りしかありません。200年後の2222年はまさに超々スーパー並びで、2以外の数字の並びははるか昔もしくははるか彼方ということになります。
こんな数字遊びで我が誕生日を喜べるのもゴロの良い日に生んでくれた母に感謝しなければなりません。その母のことも以前書いたかと思いますが、誕生日が西暦1922年の大正11年3月30日、命日が平成22年7月7日、享年88歳でした。そして、生きていれば今年は100歳ということです。なんとも笑えるほどゾロ目やキリのいい数字が好きな母だったのです。
息子2人から㊗のメールがきましたが、上の息子は22時22分に送ってくるというこだわりの気遣いを。二男には「いよいよ人生終盤に入ってきたよ」と返信したら「人生後半でしょ」と返されました。それもそうだなと感心感謝ひとしきりです。ということで、おやすみなさい。
No.3533 議員は普通に常識人たれ!
議員が巻き起こす問題にもいろいろあるようだ。2014年の兵庫県議による政務活動費不正使用と記者会見号泣事件。これには他の30人の県議による不正使用も一挙に発覚している。その後の始末顛末がニュースになることは少ないので、そうした問題が明るみに出た議会がどれほどクリーンに生まれ変わっているかは不明だ。この政務活動費問題は、兵庫県に限ることではなく全国各地で指摘されることとなった。
変わったところでは、東京都議の女性による度重なる無免許運転事件。選挙時にも違反を承知で運転していたということだが、都議はやめないとしばらく居座り、議員報酬を得ていた。問題発覚後、寄付すると言っていたようだが、その後どうなったのだろうか。
そういえば、昨年の衆議院選挙は投票日が10月31日だったが、そこで当選した議員に10月分の文書交通費が支給されていたことが話題になった。深夜明け方まで当落不明で、月が替わって当選が確定した人にも10月分が支給されていたことがかなりの騒動になり、政党それぞれに国民の目を意識した見解を示していたが、法改正をするのしないのといった話も今どうなっているのだろうか。検討委員会などで法改正議論がなされているのだろうか。自民党茂木幹事長はすべて返却させると言っていたが、それもまたどうなっているのだろうか。
さて、呉市の市議が北海道に講演出張に出かけた帰りのAIRDOに乗ろうとした際、マスク着用を指摘されたにもかかわらず、これを拒否し世間の不評を買ったのは数日前のこと。呉市議会では、政治倫理審査会でこの問題を協議することとなった。今のコロナ禍を知らないはずはない状況で、どうしてこういった意地を張るのかが理解できない。しかも憲法違反だと主張するに至っては、その時々に発生する社会規範もしくは常識に考えが及ばないことの方が寂しいことだ。子どもたちの見本になどなるはずもない。
この一件には不思議なことがいくつかある。一つは、往路の際はどうしたのかということ。もう一つは、余計なことだが遠路呉市からこの議員に講演を依頼するという事実である。中川秀直元自民党幹事長の秘書をされていたということだが、現在の呉市議会では一匹狼的存在である。
姫路市議会では考えもつかないことが起こった。職員に対する言動が「不当要求行為」と認定され、昨年の3月と12月の2度にわたって辞職勧告決議案を可決された市議を、今度は、姫路市が威力業務妨害でこの議員を刑事告訴したのだ。これは私自身過去に聞いたことが無い。確かにそれらしい議員がいたというのはこれまでの議員生活の中でなんとなく感じるものはあったが、市が市議を告訴するというのはよっぽどのことがあってのことだろう。
辞職勧告も1年の間に2度も可決され、12月の場合は、「威圧的行為を刑事告発すべきという決議」も可決されていたという。何をかいわんやである。司法の場で闘うと本人は言っているようで、それはそれで権利なので結構なことではあるが、自戒の念がまったくない議員なのだろうかと思う。ちなみに12月議会では他にもう一人が、同じように辞職勧告決議を受けているというから姫路市の職員の苦労も並大抵ではない。人間性という一言で片づければ簡単なのだが、もしもそうだとした場合、有権者にも問題はあるということになりはしないか。
この議員も呉市の議員と同様に一匹狼での議員活動を続けているという。
私が常に意識していることに、議員は偉くもなんともないということがある。選挙を通じて選ばれた住民の代表として提案や要望を議会活動を主体に、職員にも直接するにしても、大切なことは人間関係あってのことで、職員側によほどの不始末が無い限り、職員に威圧的に接する権利や資格は議員にはない。それこそ県内のある市で議員が議会事務局の女性職員に行ったセクパワハラは裁判沙汰にまでなり、議員の敗訴となっているのだ。
まさに議員を先生などと呼ぶのは間違いだし、そう呼ばれて悦に入るのもおかしいのだ。
それにしても、呉と姫路の問題が全国ニュースになったせいで、議員の辞職勧告の頻度が全国的に少なくないということを理解するに至った。
議員のなり手がいないという問題もあるが、議員の質も問われて久しい。議員としての矜持、倫理を問う前に、一般的な生活人間としての倫理観が欠如している議員が選ばれてしまうのも問題なのかもしれない。しかし、こればかりは防ぎようがない。自分も同じ立場として他人事ではないと戒め、ごくごく普通の常識を外さないように心掛けたいと思わせた出来事であった。
No.3531 循環バスに乗って
議会運営委員会と議員全員協議会があった10日は、深夜からの雪が先月6日ほどは積もらなかったものの、安全を期して新循環バスを利用することにしました。
「行き帰りどちらも都合がつく時間合わせが難しい」という声が早くも届いています。しかし、乗ってみると際どいコーナーワークを必要とする曲がり角など細やかな道が路線に加わり、あきらかに初代循環バスとは異なる地域配慮がなされています。利用慣れが必要かなとは思いますが、なにより日頃通らない道、行かない地区を車窓に映しながらのショートトリップは新たな幸手発見につながること請け合いです。 料金は後払い。1日利用券は往路降車時に運転手さんに告げると写真のような利用券を発行してくれます。
利用者によっては停留所が近くにあることが便利かつ有難いことと思いますが、前回、役所からの利用時には下川崎で降りても自宅まで徒歩わずか8分ほどです。考えてみれば、行幸や香日向地区、そして八代・惣新田地区などの子ども達が、天候に関わらずかなりの距離を徒歩通学しているわけですので、負けてならじ!といった気持ちです。
買い物に行っても店の入り口に近い場所に車を停めようとする傾向があるなど、ついつい、とことんの便利さを追い求める自分がいますが、それは便利とは異なる「楽」を求めているに過ぎないのでしょうね。そう自らに言い聞かせることが健康維持の一助になるはずと思うのですが、さてさてどうなるものやら。
この利用券を見て感じたことですが、これでは幸手の街中を循環するバスを民間会社が運営しているように思えます。早速、会社名の前に幸手市受託といった感じの文字が入るようにしないと公共交通とは言えないのではないかと提案しておきました。細かいこととはいえ、予算的に小さな施策ではありませんので、市の事業という理解が為される印面配慮は必要だと思います。