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No.3783 韓国の国情

2024.12.30

 韓国のユン大統領が3度目の出頭要請を拒否しました。中国や韓国のお国柄として感情が激烈なことはよく知られたことですが、敵対する相手をとことん蹴落とす事態は珍しいことではありません。規模の大小にかかわらず、権力争いは政治の世界には付きものですが、文化大革命や、韓国の場合の大統領経験者に対する弾劾は、まさにお国柄そのものと言えます。
 今、BS日テレで平日の夕方に「チャングムの誓い」という20年前くらいに放送された韓国ドラマが再放送されていますが、このストーリーに用いられている権力争いは、拷問、流刑、死刑といった言葉や場面がしょっちゅう出てきます。弾劾という日本語訳も頻繁に使われています。そこで感じるのは、国を治める組織の対立構図において、相手を完膚なきまでに追い込む手法というか精神構造は、今もさして変わっていないということです。
 このドラマの場合、些細なミスに対して「人知れず葬る」という恐ろしい制度もあり、ついつい主人公への応援の気持ちが増幅される形で見入ってしまいます。韓国ドラマは、今もあふれるほど放映され続けていますが、この「チャングムの誓い」と「イサン」という歴史ドラマ以外は見たことがありません。不思議なほどに興味が無いのが理由です。

ファイル 1714-1.jpg しかし、現代韓国で起こっている政治不安は、この歴史ドラマを彷彿とさせるものがあります。一党で過半数議員を擁する野党「共に民主党」の国会対策はイジメそのものだと言うことが添付記事の内容でよーく理解できます。議会の倫理などあって無きが如し、出鱈目そのものです。しかし、だからといってユン大統領が戒厳令を発布したことが、その対抗策として認められるのかというと、それもたしかに問題ありとは思います。
 ただし、この野党の思考が、8つの被告人裁判を抱えるイ・ジェミョン代表の大統領返り咲きでの不逮捕特権を狙い、またユン大統領の対日政策に対する批判を労働左翼中心に感情的に訴えることで激しやすい国民感情を煽る手法をとっていることはどうなのかと思います。それほど日本に対する敵対心が多いのかと。気持ちの面で言えば、ユン大統領頑張れ!という思いが日本人の間で芽生えるのは仕方のないことかと思えてきます。

 

No.3782 子どもたちに癒されて

2024.12.24

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 今日24日は公立小中学校の終業日です。スクールガードと呼ぶ朝の登校見守りは、前日の嫌な出来事もその時間忘れさせてくれる貴重なルーティンです。今朝は、子どもたちに会うなり「明日、学校行ったら冬休みだねー」と声がけ。すると「明日から休みだよ」の一言。
 私が1日早とちりしていたわけですが、冬休みの権利を一日少なくされたように思ったのかもしれませんね。そんな屈託ない言葉に、というか会話そのものにたまらなく癒されます。
「冬休みは短いけど仕方がないよなー」
「でも、お正月はお年玉がもらえるから」
「そうだ、沢山もらえるといいね。何か買いたいものあるの」
「わかんない」「僕はね、お母さんに預けるんだ」「へー偉いじゃないか」
「それじゃー行ってらっしゃーい。楽しいお正月になるといいねー」
 と、ここまでの小会話のあと、後ろを振り返った4年生が
「おじさん、良いお年を」ときたもんだ。癒されますなー!!!

No.3780 驚愕の値上げ!?

2024.12.19

 今日、東鷲宮駅方面に向けてハンドルを握っていて、ガソリンスタンド前を通りかかったところで、そこにあるガソリン価格の電光掲示板に173円と言う数字が。何気なく「173円かあ」と思った瞬間「えー173円!」と声を出してしまいました。その掲示板が昨日まで示していた数字は166円だったからです。午後になって、幸手久喜新道で同じ価格が光るスタンドが2か所。
 そういえば、19日から政府補助金が減額されるニュースを思い出しました。燃料油価格激変緩和対策というものです。そもそも、最近の政治ニュースでは、103万円の壁やガソリン暫定税率の廃止といった経済対策が話題になっていたこともあり、逆に前の日より7円も値上がりしたことに驚きしかありません。しかもどの店もほぼ同じ価格ですから、カルテルとまでは言わないものの、安いイメージのあった幸手市近辺もいつのまにかそうではなくなった感じです。
最近の私の感覚ですと、越谷、草加が150円台のスタンドが多いと感じていましたが、はたして明日以降どういった業界動向の変化が見られ、他の物価に与える影響はどうなるかに関心が深まります。
 あと10日足らずで年越しとなる年末ですが、せちがらさが漂うガソリン値上げです。そうそう、灯油は120円。これも激変上昇額です。

No.3773 グローバル化を考える

2024.12.06

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 添付した資料は、先に行われた一般質問最終日に執行部から配布された幸手市に登録されている本年11月6日時点の外国人一覧表です。質問者の意図は別にして、グローバル化が進む日本で外国人の存在がなにかと話題になる昨今、とてもタイムリーな質問だったと感じています。とくに、埼玉県では川口市でのクルド人に関する実態がメディアはもちろんSNSでも盛んに取り上げられる状況にあります。
 全ての人が共生する社会理念は世界が近くなる現実において大切な考え方です。話は変わりますが、この理念は全ての動物にまでつなげる人も少なくありません。しかし、私は人をあやめた熊を捕殺することまで反対ではありません。逆に、住宅地近くの平野部にある柿の木や栗の木を伐採しましょうと訴えることの方が問題だと感じています。山野部の原風景保持には心が向かないのかと感じますし、木も命にかわりはありません。また、保護を優先するあまりに海洋中の生態系に異変を生じているという話が事実であるなら、捕鯨も調査捕鯨以外にも一定量認めてしかるべしと思います。

 世界の自由主義社会での移民政策が行きづまりの状態にあります。トランプ次期大統領の主張にも中南米からの新たな移民排除の思考があるし、英仏独でも極右を中心に移民受け入れ政策への反対運動が激しさを増しています。人権問題に関わる話なのでこれを大きく取り上げるメディアは多くはないようですが、移民者たちが求める移民先は当然のように統制弾圧社会ではなく自由主義国を目指します。日本もその一つなのでしょう。そこで、起こる文化生活様式、法律条例ルール、マナーといった感性の違いから異質文化を受け入れた国家が分断への道をたどるということに問題が深まる傾向となります。
 日本でも外国人による犯罪は間違いなく増加しています。昨日今日の報道の中にも、盗品銅線の買い入れをする中国人経営の会社が摘発されました。また麻薬の密輸でベトナム人が、これはいずれも埼玉県でのことです。今朝のニュースでは伊勢崎市での殺人事件、太宰府市では国の特別史跡である大野城史跡の中にキャンプ場を設置した中国人女性が問題となっています。農機具、中古車、家畜の盗難も外国人の関りが指摘されるという状況です。こうした現実に不安がないかと言えば多くは不安を感じる状況にあるのではないでしょうか。しかし、こうした外国人は一握りであり、今まででは考えられない性質の事件が多々あるので違和感が強いのかもしれません。旅先で出会ったり、飲食店で出会う外国人の屈託のない笑顔や接待案内などに癒されることもたびたびで、自分自身、返す笑顔が日頃以上のものがあると感じるほどです。毎朝のスクールガードでは自転車通勤する中国人とも笑顔で挨拶を交わしますが、その時、ニーハオではなく「おはようございます。行ってらっしゃい」と言うようにしています。理由は言わずもがなです。日が経つにつれて上手になっていくのがわかります。

 
 感情表現や倫理道徳観など民族気質の違いは如何ともしがたい面がありますが、未来は良くも悪くもグローバル化の道が進むことでしょう。現代日本は他民族との衝突や分断を招くような宗教や思想性の強さも無く、鎖国閉鎖社会の江戸時代は遠い昔のことです。日本人として日本語の日本語らしさを守ったり、日本的道徳倫理を大切にし、日本らしさを失わない限り、共生社会を受け入れ、なじんでいくことが大切かと思います。
 その心理の原点は、人付き合いの根本である思いやりと優しさなんだろうと確信する次第です。

No.3766 若大将にバンザイ!

2024.11.26

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 読売新聞に「時代の証言者」というコラムがあります。代々、口述筆記なのだろうと思いますが、本人の弁に間違いないものと思うと、その内容は読む者の心を元気にしてくれます。
 今日26日は30回続いた加山雄三さんの連載の最終回でした。毎回、加山さんの隠れた裏話も含めて驚いたり、微笑んだりといった感じで楽しんで読ませていただきました。
 今は、奥様とともにケア付きの施設に入られている加山さんですが、来年には米寿を迎えるということです。考えてみるとビートルズとかは別にして、青年時代を芸能娯楽という分野で楽しませてくれた最大の身近な存在だったような気がしています。それも本人には、当時は口に出来ない辛い激動の時期もあったわけですから、人に喜びを与える立場の人は大変だなあということをこのコラムでつくづく感じたものです。加山さんが日本の音楽界にもたらした影響は数え上げたらキリがありません。多くのミュージシャンに慕われたのも加山さんの人柄あってのことだったと思います。
 若大将は卒業して、これからは爺大将になるとのことです。それもほのぼとしていいですね。加山さんの数々の名曲は永遠に聴かれ続けることでしょう。

No.3760 創立記念

2024.11.16

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 本年は創立記念式典の多い年です。行幸小、八代小が150年、長倉小が50年、さくら小が20年、そして昨日は幸手市危険物安全防火協会が50年ということで式典が開催されました。
 さくら小の場合は、東小と緑台小が統合してから20年ということですから、伝統としてはそれ以上のものがあるということですね。長倉小は増え続ける子どもの受け入れ対応として西地区に新設されたといういきさつがあります。
 150年という2つの小学校が創立されたのは、1869年に王政復古の成就とともに江戸幕府が終焉してわずか5年後のことになるわけですから、武家社会が身近に感じられるようで不思議な感覚ではあります。近代国家を目指した明治維新政府の欧州視察団によって、国民にあまねく教育の必要性を感じ取った政府が農村地区における教育制度を進めることになりました。そう想うと、渋澤栄一翁がこの国家事業にも大きく関わっていることが理解できます。

 行幸小は明治6年創立当初の円藤内学校から、同17年千塚学校、同23年に行幸学校という変遷を経て現在の行幸小学校になっています。
 八代小は来賓として式辞を述べることとなり、少々歴史をたどって式辞で紹介させていただきました。それによると、明治6年に安戸村、上戸村、大島新田、それと現杉戸町の遠野村、同じく佐左衛門村を学区として安戸学校が、また、平須賀村、天神島村を学区として平須賀学校、長間村、中野村、平野村を連合学区として長間学校が出来ました。当時の校舎にはお寺が使われたということです。その後、これらの村が八代村として統合再編され、昭和29年に八代小学校の誕生に至りました。式典ではこの29年から70周年になるということも祝いの対象となり、参会されていた地元の皆さんは感慨に浸っておられる姿がありました。各地域の先人の皆さん方のご苦労が偲ばれるというものです。150年という伝統と歴史を有することは日本の近代史に併行するものと考えると、さらに歴史を掘り返してみたくなってきます。
 また、50年という期間を振り返ってみても、私が昭和47年に大学を卒業した3か月後に沖縄返還という戦後処理に関する大事業があり、その翌年には日本の高度経済成長が終わったとされる1973年(昭和48年)の第一次石油ショックがありました。それから2年後からが今回の50年の始まりですから随分昔だなあと感じます。1991年のバブル崩壊からも33年もが経過していることになります。国内外の政治も経済も、もちろん幸手市にも大きな動きがあり、良くも悪くも長い長い年月だったなあと回顧する次第です。

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