民進党代表 蓮舫氏の二重国籍問題に関する無責任かつ白々しい発言を、今行われている国会での発言とリンクして考えると、その人間性に特有なものを感じざるを得ない。
実は、性格は元々良くないとの評判も聞くが、瞬時の言葉のキレ、切り返しの能力が有権者の眼差しを惹きつけるのだろう。党にあってもそうしたディベート能力、演説力を認められてのことで、人間としての魅力が今につながっているとは思えない。
口撃的に過ぎるため、過去の発言との間に矛盾を生じたり、相手を攻めている中で、いつのまにか自らへのブーメランにつながっていることが多い。
口は禍の元の典型のようだ。
過去と現在の発言の整合性を材料に相手を攻めるパターンは、自らのことにはおかまいなしの身勝手さを今の臨時国会で多々感じる。知力、弁力に長けているとの自信があってのことなのだろうが・・・。
ところが、「見事なまでの変節ですね」「逃げないでください」といった言葉は、正に自分を戒めなければならない言葉だということに気がつかないようだ。
つまり、国籍問題で二転三転の嘘の上塗りをし、パスポートその他で真実の盲点をつかれると記憶の曖昧さを持ち出す。さらにそれについて、維新の会に説明責任を問われると「極めて個人的な問題なので、これ以上の説明をするつもりはありませんと見事なまでの開きなおり反論。
ならば、ここまで苦し紛れの説明を繰り返してきたのはなぜ? 最初から極めて個人的な問題として相手にしなければよかったではないか。
これこそ「見事なまでの変節」であり「逃げさせていただきます」ではないか! 我田引水という四文字熟語そのものだ。
国会、県会の議員は資産状況さえ公に示さなければならない立場にあり、極めて個人的という表現は、疑惑を突きつけられている現実に通用しない言葉である。あれだけの騒動があの一言で終止符を打つのであれば、なんのための騒動だったのか。
こういうことを平気で実行してしまう人が、野党第一党の代表であり、総理になれる資格を有する人なのだ。
こんなことがわからず国会発言をしているようでは、知力にも疑問を持たなくてならないし、国会議員としての資質に関わる問題だ。
数号前に書いたが、富山県議会民進党の政党交付金不正受給が明るみになったときのインタビューで「政党交付金は国民の信頼の元に支給されている・・・」の発言があった。国民に配慮した物言いのつもりだったろうが、政党交付金しかり政治家の報酬についても(私もいただいていた立場ではあったが)国民の信任をはたして得ているのだろうか? 常にポピュリズム意識があるがゆえの言葉選びのミスで、オンブズマン関係者などからは眉をしかめられる発言である。
どうもこのご仁は自信過剰ゆえか言葉に酔いすぎ、上滑りすることが多いという特徴がある。
しかし、最後の見事なまでの開き直り発言に、マスコミはさしたる問題にはせず、自民党も追求しない様子はなぜなのか?
国籍と議員資格の問題は、人道博愛、差別、ヘイトなどとは次元の異なる話なのだが、それに配慮したのか、それとも自民にも小野田議員が登場したことによるものなのかは不明だが、国益のための国会の在り方が、未来の日本にも関わるという観点からしっかり対処しておくべき事案であることは間違いない。