県内狭山市でまた児童虐待事件が起こった。3歳の女児がやけどをしたのに手当をせずに放置した若い夫婦。悲しいことにこの女児は亡くなってしまった。新聞が伝えるところでは、虐待が確定したようには書かれていないが、他にも数ヶ所のそれらしき痕跡が見られ、虐待の可能性の疑いもあるとなっている。こうした場合の夫婦のパターンとしては、内縁の関係にあるという場合が少なくない。つまり虐待を受けた児童からすると実父ではないパターンである。これは、あくまでも事例としてよくあるというだけであって、すべてがそうだと言うつもりはない。
オブラートに包むかのような報道内容に、そんなもの虐待に決まっているはずだと憤怒するも、このあたりは刑法犯罪とくに冤罪が問われる局面が昨今の裁判事情にちょくちょくあるせいか、報道姿勢もとりわけ慎重だ。政治や芸能といった分野が対象となると平気で捏造したり、中立性を欠いたりするが、犯罪はそういうわけにはいかない。
しかし、少年犯罪の対応などでは、いささか保護性が強すぎる気がしないでもない。18歳以下まで選挙権を下げるのもいいが、真の大人扱いをするのかしないのかはこうした部分にまでその見解を広げてもらいたいものだ。
全国各地の荒れた成人式への評論で、大人に成りきっていないなどと発言するアナウンサーやキャスターが多いが、そんな簡単な見識だけでいいのだろうか。今回の女児死亡事件の実母は22歳、ということは成人前に亡くなった女児を出産していることになる。内縁の夫も24歳という若さであることを考えると、荒れた成人式の主役になった無軌道な大人?たちは、すぐにその年頃になるのだ。ニュースでは成人同士ですでに子どもがいる例もあった。いい親になってもらいたいと願わずにはいられない。
それにしても、児童虐待事件はなぜ埼玉に多いのだろうか? 全国5番目という人口比率が影響している面があるにせよ、なんとも残念かつ不思議でならない。私も県議会でこの問題に対する解決の道には、まず縦割り行政を無くすことを強く求めた経緯がある。議員勉強会も提案し、実現した。
とは言うものの、見えぬ人心が見えぬように実行し、周囲もなかなかそれを指摘しにくい犯罪ゆえに、改善策を導くのが難しい問題である。