30年来、互いに言葉を必要とすることのないほど理解し合っていた「友」が昨夜、生まれ故郷に戻って行った。薩摩へ。鹿児島というよりは、この地名のほうが、彼には似合うと勝手に思っている。
互いが32歳の時に、同僚という関係から始まった付き合いだったが、まさに親友! 生涯の友という表現しか思いつかない相手だった。酒を呑み、興に乗った時には饒舌になることもあったが、どちらかといえば、寡黙な友だった。一緒にいると心のなごむ、なごませてくれる友だった。
ある事象や物事に独特のこだわりを見せ、信念意思は人一倍強いものを感じさせたが、自己理論に固執することなく、しっかり相手の言に耳を傾ける心優しい、寛容な友だった。自らの好みを人に強制することもなかった。たまに出す小さな我儘がとても可愛く感じる男だった。
よく呑んだ。それこそ若さが有り余っていた時代は、週に4日は呑み歩いていた。我々2人を中心に多くの友が集った。彼は、常に私に一目置いてくれたが、人の見る目は、私が彼をたよっている付き合いだったかもしれない。
新聞によく目を通すタイプで、社会や政治を正面から見据える一面が若い時からあった。根本的にまったくタイプの違う同士だったが、この点はよく似ていた。私が先に退職し、今の立場になってからも、ポツリと語る彼の一言にどれほど支えられたことか。
県内ふじみ野に居を構えていたことから、時折大宮近辺で合流し、互いに好きなサウナに入り、一献傾けるという日をどちらかともなく誘いあった。そろそろ会いたいなと感じるサイクルが一緒だった気がする。あまり肴をつままない常に痩せていた友が心配だったが、大病もせず丈夫な点も一緒だった。
私が県議になってから、会う機会がめっきり減り、忙しいことを案じて電話やメールを遠慮している彼の気持が深く理解できる日が続いた。
ひとつのケジメが来たことをこれほど強烈に感じることはない彼のUターン。
昨夜故郷に着いた頃に携帯メールしたが、兄貴宅にひとまず落ち着いたとのことだった。そばにいつもいる安心感が寂寥感に変わった日。
遠くにありて思ふ友。ずっと元気でいて欲しい。
呑み過ぎるなよ! もう一回下手なゴルフに付き合いたかった・・・。
涙が止まらなくなってきた。このへんで・・・。