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No.2303 ふるさと(鎮魂の三回忌)

2013.03.11

 今、年は違えど午後2時46分です。2年前のこの時間にここ関東の地でも思わず悲鳴をあげ、身を小さくするような大地震が発生し、その数分後にあの大津波が東北3県、関東2県を襲ったのです。
 この5県では多くの方がお亡くなりになり、多くの財産が失われました。この2年間、遅々として進まなかった復興作業も、ようやくガレキの整理がつき、各地で真の復幸に向けた再スタートが切られていくものと思います。とは言っても、ガレキは整理はついたものの処理量でいけばまだ46%に過ぎず、自治体間では差も見られるということですからふるさとの完全復興はいつのことやら・・・とくに原発周辺の福島の地ではふるさと回帰を諦めた人も多いとか。
 昨日から被災地の三回忌特集の番組が多くなりましたが、風化させてなならないという一途の思いで、私はあの2年前どこで何をしていたかを時折思い出すようにしています。2年間で4度しか被災地を訪ねていない私ですが、現地で触れ合った人たちとのやりとりも同様です。
 これから数年の間、最低でも年に一度はボランティア活動で現地に赴きたいと考えていますが、個人の非力さを痛切に感じる災害の規模ですので、復興に何年かかるのか見当もつきません。現実には早く大手の組織的活動が順調になっていけばいいと思っています。しかし、何をするにも行政と住民との間に異論軋轢が生じることも壁の一つになっているようで、遠い地にいる私たちは、それではいけないと思いながらも根本的には部外者ということなのでしょう。

 北上川の河口付近のある街は、川と海に挟まれる地形に街が形成されていたことから、北上川を遡上した津波が、海側からの津波よりも早く街の後ろ側から襲い、砂地の土壌を深くえぐった結果、街が消滅してしまったということです。もちろん海側からの津波も強烈だったはずですから、街の中で渦を巻いたかのような惨状になったのではないかと思います。110名ほどの行方不明者が出たものの、その捜索活動は1年以上たった昨年の秋から始まったというのです。なにもかも想像を絶する津波だったのでしょう。津波は当初のうちは静かに忍び寄るのだそうですね。

 この消滅した街を久しぶりに訪れた元漁師だった住民が、吹きすさぶ風を受けながら「あのふるさとって童謡があるけど、オレはこの歌聞くと辛くなっから聞きたくない。家族も財産も街も無くなって、ふるさと自体がなくなってしまったんだからな」と悲しげに語る画面に目がうるみました。

 あらためて、三回忌にあたり謹んでご冥福をお祈りいたします!