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No.3264 天国から笑いを届けてください!

2020.04.03

 志村けんさんが武漢肺炎の犠牲に・・・。日本は喜劇文化に対する理解が少ない国と言われています。ギャラは低くはないが、役者としての評価レベルが低いというのです。英米ではコメディアンに最高の評価が与えられると言います。
 日本で志村さんほど少年少女たちのアイドル的コメディアンだった喜劇人がいたでしょうか。古くは映画人にロッパ、金語楼、エノケン、アチャコ、伴淳などなど、加えて森繁さんを筆頭とする東宝映画の喜劇俳優のお歴々がお笑いの中に人情とペーソスを感じさせる演技で一時代を築きました。その中には喜劇王とまで評された人もいますが、映画全盛期に入ると、時のヒーローにはどの時代にもキラ星のごとくスター俳優が配給会社ごとにいて、映画人気を背負っていました。喜劇は多くの場合、主役級スターの引き立て役でした。
 時代がテレビに移ってから、落語、漫才、コントといった大衆演芸が短い時間割振りにもかかわらず才能を発揮するところとなり、笑いがお茶の間に定着するようになっていきました。てんぷくトリオ、コント55号たちが出ない日はなかった絶頂期の頃はちょうど高度経済成長の最盛期でもありました。
 ドリフターズもそんな潮流に乗ったお笑いグループでしたが、志村さんが加入してからの人気は上昇一途だったと思います。我が家でも二人の息子が大笑いというか大喜びしながら画面にくぎ付けになったものです。当時は、スタジオではなく全国の文化会館といった施設でのライブで、客席の子どもたちが喜びはしゃぐ声が伝わってきました。その雰囲気がテレビを観ている全国の子供たちに同調同期したのでしょう。会場の臨場感がしっかり各家庭に入り込んでいったのです。
 教育の観点から子供に見せたくない番組とか子どもに与える影響を問題視されたこともありましたが、そんな心配は無用でした。我が家でもそれによる悪影響を受けた様子もないし、うるさ型のPTA人の過度な評価だったのかもしれないと述懐しています。
 昨日、徹子の部屋に出演していた人間国宝尾上菊五郎のお孫さんは、のびのび育っているようで、番組途中に指で口を広げてウ〇コと言ってました。伸び盛り・成長期の子どもというのはあっけらかんとしたものです。

 志村さんの死・・・まだ信じられません。というか、その原因に対して今はくやしい想いの方が正しい感じです。同じ年月生まれ、志村さんが2日早いことだけで親近感がありましたし、動物好きというのも一緒なので、いつも同級の仲間といった気持ちで楽しく観ていました。私にとって最高の癒しのコメディアンでした。
 慎んでご冥福をお祈りします。