このところ独特の個性で昭和からここまでを走り抜けた著名人が続けて亡くなられている。昨年からたどると正に一世を風靡したきらめく人たちの死が続いている。しかも自分と世代を同じくしている人に限らず若い世代にも。
10月の西田敏行さんの死は信じられなかったが、海外でもピートローズ、そしてクインシージョーンズ等々、トップアスリート、トップミュージシャンが世を去った。なかでも昨日今日の火野正平さん、北の富士さんには慟哭に近いものがある。チャリオと連れ立って日本の各地を巡った火野さんには、毎朝出がけに爽やかな心地にさせていただいた。同年齢だったこともあり、親近感を感じる方でした。また、落ち着いた静かな語り口調の北の富士さんは、忖度も美辞麗句も一切ない本音の解説が軽妙なようで重みがあり、自分もそうありたいと感じさせてくれる人だった。最近は声に力が無く、しゃがれ気味だったのが気にはなっていた。
実は、1週間ほど前に勤め人時代の後輩の訃報連絡が届いた。胃を切除してはいたが、それは20年以上も前のことだったと思う。死因はすい臓がんということだった。今春には大学の仲間が肺炎で亡くなっている。それで自分は幾つまで・・・とついつい考えてしまうのだが、火野さんの死はそれに輪をかける感じだ。
慎んでご冥福をお祈りいたします。
しかし、平均寿命というものを考えるまでもなく、それを超える人もいれば、超えることが叶わない人もいるのだ。平均とはそういうものだと単純に考えることにして、そのどちら側に入るのかは、それこそ運命というものだろうと。これも自分流プラス思考と考えることにして・・・おやすみなさい。